In Loving Light & Universe, Heal the World

アキバの事件に思うこと。

2008年06月09日
遊・戯・戯・言
6月8日。
7年前のその日は大阪教育大学附属池田小学校に侵入してきた男に
児童8名が殺害された事件のあった日だった。
(2004年9月14日死刑が執行された)
今回の事件は奇しくも同じ8日に起こった。
いわば通り魔犯罪の「特異日」になってしまうのだろうか。

今回のアキバの通り魔事件については報道されているので誰でも知っていると思うのだけど
今年に入ってからというもの
「誰でもよかった」という通り魔的殺人がこの半年で3件おきている。
今年に入ってまずうちの近所、しかも徒歩数分のところで16歳の少年が通り魔的にさしていった事件が発生した。
祖母はそのすぐ近くのショートステイにいくのでこの事件はケアマネさんほか
身近な人からも情報がいろいろ当時入ってきて
それだけにとても印象的な事件だった。

3月には2件おきている。
茨城県土浦市の8人殺傷事件(荒川沖駅構内で8人が殺傷された事件)も24歳の男性の無差別殺人。
彼はアキバ中心に行動していていわゆるゲームヲタだったらしい。
茨城もつくばエキスプレスなどができてアキバまでつくばから45分でいけるくらいになった。
そしてJR岡山駅での突き飛ばし殺人事件。
「人を殺せば刑務所に行ける。誰でもよかった」
という18歳の少年。
「誰か人を刺してやろうと思った」という。

犯罪者の年代は10代~20代前半の男性ばかり。
昨年も花火を家のポストにほおりこんでその家の男性が焼死した事件も起きている
(マスコミではあまり報道されていなかったが)

なんていうんだろう。
人を人と思えない人間、ちょっと多すぎない?
ヴァーチャルの仮想現実でしか生きられないということなんだろうって思う。
人の痛みがわからないというのかな。
こういうことを誰かにいえば傷つくだろう、とか
こういうことをしたら悲しむだろう、とか
そういう「想像性の欠如」って印象がある。

ダンスをするようになって思ったことって
自分っていうものを表現したい気持ちが強くなったこと。
これまでアタマの中だけで自分はどういう人間なんだろうって思い描いていたことを
実際に「表現」することってむつかしい。
自分をどう表現していきたいのか、を想像して、
なおかつそのイメージを表現することがこんなにまで難しかったとは。
フリースタイルのダンスとなるとなおさらで
ある程度の基礎ができていないと格好悪いし、
なおかつ自分を表現っていうことはとってもむつかしいことだよなって思った。
想像力と表現力の両方はとっても大切だと気づき始めたっていうのかな。
だけど自分が抱いているイメージのように実際に表現できたと思えたときは
確かに自己満足の領域であって
たとえ誰かに見せるようなダンスなんて踊れてなくても
その喜びってすごく大きくて、
なんていうか開放感や達成感が違うんだよね。

ゲームとかネットとかケータイって仮想現実のヴァーチャルリアリティの世界。
もちろんこのBlogだってそうなんだけど
ネットの世界って一見国境もなく広がりがあるようでいて、実は閉塞的世界にある。
こういう世界でしか自分を表現できない状態ってとっても危険なことだって思う。
今回のアキバの通り魔は掲示板に犯行の投稿をしつづけていたようだけど
それって自己顕示欲の表れじゃない?
本当にムカついて誰でもいいから殺したいとかだったらわざわざ書き込みとかしないでしょう。
計画的にやったこと、それを掲示板に書き綴ってきたことって、おそらくだけど
「自分を見てほしい」っていう気持ちがこの人の心の中の闇となっているのかなって思う。
自分は誰にも理解されていないと思うむなしさとか、
人とのつながりを感じられない孤立感とかももちろんあるよね。
要するに自分を表現する手立てを知らずに生きてきた人なんだって感じます。
自分を表現するっていうことは自分を知っていてコントロールができないと表現なんてできないもの。
今回の犯人は自分という人格がきちんとできあがっていない感じがします。

自分さえよければの犯行とはよくいうけど、
こういうバックグラウンドには教育関連、経済状況もあるし
家の環境(しつけ)があるのだろうって思う。
「成績優秀でした」とか「親や学校から期待されている」というのは
まわりが作りあげたその人の人格でしかないのよ。
まわりが作り上げた社会的ペルソナ(周りの期待にこたえようとする自分)と
本当の自分のパーソナリティとのギャップに悩む典型的な例なのではないかと思う。
この犯人は自我がしっかり確立していない状態なんだって思うよ。
もちろんだから許されるということはまったくもってないことはいうまでもない。
結局がんばって勉強したって、いいところに進学したってやりたいことができるとは限らない。
親もまわりもそう願ってきたからがんばってきたけど、
だけど結局親や教師の求める場所に「自分」なんていないの。
社会人になって仕事をしてきても、
そこで壁に当たるってほとんど誰もが経験するって思う。

そんな状態にあるとき突然無性にむなしさを覚える人って結構いるんじゃないかな。
むなしさを覚えたとき、ネットとかにいけば掲示板にいけば誰かしら相手をしてくれたりとかするわけじゃない?
ゲームをやればそんな気持ちを忘れさせてくれるわけじゃない?
だけど結局魂レベルで「自分」を表現する場所がどこにもないのよ。
求めることと実際にやることのベクトルがどんどんずれてきてるし、それにも気づかなくなってきてる。
10代~20代って本来なら一番自分を表現したい年齢だって思う。
自分の中の閉塞感、家庭や職場の中の閉塞感、社会の閉塞感・・・
そんなやりきれなさの中にいるわけだから余計に苦しく感じる人も多いのではないかな。

数年前までは練炭による自殺が多かったけど
このところはイオウだっけ?
有毒ガスを発生させてというパターンだよね。
助けた人や近所の人が巻き添えになっているわけであって
これもまた想像力が欠如してるというのかな。。。
ちょっと考えればわかることなのに・・・って思うことが本当に多いです。
やっぱしネットやケータイという社会も考えていかないといけないんだろうなって思う。
かといって国が子供に携帯を持たせない法案を出したりなんてすると
親はもっと子供から学ばないだろうし
どんどん過保護で、逆にすみ難い社会になってきてることがなんでわからないかな。
今の政治って取り締まりばかり強化していて、それが歪をどんどん生み出してるってわからないのかな。
わからないんだろうな。
政治家さんたちは所詮庶民とは程遠い世界で生きてらっしゃるようですしねw

事件の解明を急ぐことは大切だけど、どんなに解明したってなくなった犠牲者は生きて戻ってはこない。
便利になる一方住みにくくなる社会。。。。
「死んだココロ」を持つ人に命を奪われる犠牲者の数々。

被害にあわれた方々のご冥福をお祈りいたします。
れいあ
Author: れいあ
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