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(追記有)思春期のトラウマと向き合う~置き忘れた女性性

2019年07月15日
メンタルヘルス
はい、れいあです。

今日は、できればあまり書きたくない記事になると思います。
とりとめもない内容になってしまいました。
読みにくい&オチなしです、すみません。



このテーマは、いつか向き合わないといけないと思いつつ、
できることなら向き合わずに
自分の中で、やりくりできれば良かったなということでした。


小学生高学年で、それなりに身体が成長していたけど、
こころと知識はついていってませんでした。
性教育的なものについて、わたしはかなり無知な少女時代を送りました。

男性には興味がなかったんだけど、男性とはじめて付き合ったのが
12歳だったので、わたしはかなり早熟でした。

わたしは勉強が全くできなくて、塾に行くでもなく、
成績をあげないと進学できないレベルだったの。
そんなとき、お隣は、生徒会の子でした。
生徒会の彼は学年で一番、二番を争う頭脳優秀な子でした。
わたしの中学はいわゆるマンモス校で、
1学年で14クラスもありました。
1クラス40人はいたので、500人以上、1学年にいたのです。
ベビーブーム世代なため、仕方ないのだけどね。
だから受験は大変でした。

そんな中で一番の成績の人です。
わたしはこの頃から、そうだったんだなーと思うんだけど、
才能ある人や実力のある人、頭のいい人が男性のみならず、女性も好きなんです。
IQいくつとかは、よくわからないんだけど、
とにかく頭脳優秀な人が好きだし、自分もそうなりたかった。
わたしは理解力がよくないし、呑み込みが遅いので、頭の弱さは、非常にコンプレックスなんです。

わたしは損得勘定で物事を捉えていたため、
その生徒会の子に勉強を教えてもらいたいと切実な気持ちでいうと、
俺と付き合ってくれる?
という流れになった中1の秋。
思春期で、性的なことに興味があった彼、
全く知らずに性に無頓着だったわたし。

どうすれば子供ができるか知ってる?

といわれ、
ガチで、中学1年で、わからなかったわたし。
子供は、結婚すれば自動的にできるものだと思っていたんですよね。

彼はどうしたかというと、
手紙で説明する
といって、セックスについて、便箋に何枚もしたためてきました。

しかし、うちは男性関係に父親が厳しく、
母親は、父親の言うことをきかないと怒られていました。
まだ昭和の時代だから、今みたいに、スマホとかないし、メールもなかった。
電話は家の電話だし、
彼からの電話は取り次いでもらえないし、
手紙は、全部父親が先に開封していました。

いま、思い出したけど、わたし、
色々な声がきこえるようになってしまった
サイキック元年の2010年、
わたしに来る手紙、請求書含めて、すべて親が開封してたの思い出した。
9年前だから、わたしが何歳だったかは想像つくよね。
そんな、家だったんだ。
わたしはかなり屈辱的だった。
いまでは、なにごともなくなったけど、
わたしが仕事をするようになってようやくなくなったんだよね。

父親は、わたしの彼からの刺激的なラブレターを見て、
食事のとき、彼からの手紙の内容を他の家族のいる中、
読まさせられたんです。
恥ずかしかったし、悲しかった。
父親は、わたしが父親を避けたり嫌がっていたのを逆手にとり、
「お前は、お父さんをオトコとして見てるだろ」
と言われたときには、死ね!と思いました。
父親から妙な目線で、舐められるように見られるのは今でも続いているので
正直生理的に全く受け付けないのです。
男性恐怖症にはならなかったけど、
好きな服装は高校時代から家ではしなくなりました。
わたしは当時、洋服を駅のロッカーに入れて行動していたの。
駅で制服から私服に着替えていた。

そんなこともあり、彼とわたしは父親に引き裂かれました。
そんなことがずっと続いています。



中学2年になり、友人に会いに、友人の夏期講習について行くと
そこにいた大学生の先生と話すようになり、
いつしかわたしは年上の彼を好きになっていた。
そして、彼に告白すると、
君が大人になったら迎えにいくからね
と言われ、
実際に24歳になったとき、いきなり彼から10年ぶりに連絡があり、迎えにきたのです。
1年つきあって、一緒に住むようになりましたが、
やはり親の反対を受けたので、
いわゆる駆け落ちをしたんです。
家出みたいなもんでしたが。
その彼とは結婚を前提に付き合っていたけど
色々なことのストレスやプレッシャーが、気を相当狂わせていて、
かねてからためていたクスリを会社で一気に飲んでしまったんだよね。
オーバードーズで、本社に連絡がいき、
実家から親が車で会社まで駆けつけた。
わたしは、彼の家にすべてを置いたまま実家に連れ戻された。
しばらくして、彼が正式に結婚を申し込みに、両親のところに訪れたんだけど、
やはり断られた。
このとき、彼は職についてなくて、仕事先が見つかったら、籍をいれるつもりだった。
だから彼とは籍を入れないまま終わりました。
両親に頭を下げたのに、つっかえさせられ、逆上したのは彼とわたし。
しかし、わたしは、実家に事実上の軟禁状態になり、
精神科の先生に入院でなければ、しばらく見張ってくださいと親は言われていたのだ。
それ以降、母親は、片道実家から二時間ある会社に
行きは始発で、
帰りは仕事が終わる時間を見計らって、
母親同行のもと出勤しなくてはいけなくなりました。
母親が通勤に同行していたのです。
28歳でしたが、わたしに自由はありません。

母親も大変だなと思っていたけど、
母親には、なんでわたしがこんなことしなくちゃいけないのよ?とキレられていたし、
わたしがよくなることは一切考えないタイプの両親なのはいまでも変わらない。
会社を巻きこんだ、かなり壮絶な出来事になりました。
彼のエピソードについては90年年代後半のこと。
わたしが両親と境界線をひけるようになったのは、
数年前のこと。
セッションをしはじめてから気づいて、とりくんだのです。
こりゃわたしがメンヘラになるわけだよな。
特に父親へ、積年の怨みがあるわけで。
20代のわたしが鬱になり、自傷行為が常にあったのは、
両親に、死んで復讐してやりたい気持ちと、怒りが相当あったからです。
いま思えば、わたしが死んでも悲しまないタイプだから、
生きててよかったのかも。
無念になって成仏できない思いがたくさんわたしにあったから、
それが解離性同一性障害になっていったのです。
正直いえば、わたしについている闇のスピリットに罵倒されたほうが、辛いけど、攻撃されたほうが
よほどマシってかんじ。
闇のスピリットからの攻撃のほうが、両親よりマシなんだよね。
かといって闇がやっていることは絶対許さないし、
わたしが闇を抹殺したい気持ちに両親への憎しみを重ねてるとこがある。



高校時代にはじめに付き合った子がいて、
門限は18時と決まっていた。
しかし、母親は父親に命令されていて、
学校まで本当に部活をしているか見に行けといわれ、
学校まで抜き打ちで部活をしているか
何度も見にきました。
つまり、彼氏と放課後デートしてたら許さないと、
男と別れさせてやるという父親の狙いなわけです。
当時からわたしは常に親には疑われていたのです。
なにをやっても、試験でよい点数だしても、わたしを認める以前に、否定して疑うのは今でも同じ。

わたしは、親が、そういうことをする人と知った以上、
先生たちに陳情を訴えて、親から守ってもらったことがあります。
というか高校2年の時、副担任の教師とも付き合っていたんです。
だから男性に守って欲しい気持ちが強かったのだと今なら思います。

わたしは嘘で塗り固めなければ、家では生活が不可能になっていきました。
常に親には嘘をついていかないと、
厳しいしつけに耐えられなかったのです。



音楽により、ファッションが違うのは、わかると思います。

わたしは色々なジャンルが好きなため、色々なファッションをためしていました。
当時はB系ファッションに特にハマっていたのだけど、
30代になり、LAファッションやブラジリアンファッションにハマっていて、
ヴィクトリアズシークレットの服を輸入しはじめました。
https://www.victoriassecret.com/

ヴィクトリアズシークレットは、ランジェリー中心に洋服を展開されていて、
デザインがセクシーで、わたしの好みにぴったりだった。
LAファッションやブラジリアンファッションは、解放的なファッションで、露出度が高い。
例えば、わたしはワンショルダーのデザインが好きなんです。

そんなこともあり、母親からクレームが入った。
お父さんがいるんだから、少しは気にしなさい、とか、
露出度をいちいち母親にチェックされていたの。
ちょっと胸があきすぎてる!とか
背中をこんなに見せるなんてやめなさい!とか。
オフショルダーをあなたが着ると、いやらしくなるからやめなさいとか。
服が派手すぎるとかね。
ちなみにこのことは、今現在の話ね。

別に両親に見せてるわけじゃないのに、いいじゃんと思っていたけど、
10代のときも母親にされたのを思い出した。

10代のとき、折しもDCブランドが流行っていて、
大人っぽいスーツを好んでいたら
母親は母親の好みのゴスロリ系ファッションを買ってきてはわたしにきさせた。
一方、父親には、
お前はなんでこんなにブスに生まれたんだろうか、
ミスコンテストに出て優勝するぐらいに生まれてくれて、お父さんの生活を楽にしてほしかった
と年中言われてました。
わたしが、写真や動画に映りたくない一番の理由は
醜形恐怖なんです。
これは自己価値や自己の尊厳と深く関わってきます。
わたしはそれだけ自分を無価値だと深いところで思ってるんでしょうね。
どうせバカにされるなら、わたしは醜いままでいいというか、
醜く自分を持っていき、これも、父親への復讐なんだと思ってる。

当時わたしはゴルチェのファッションや、ドルチェ&ガッパーナが大好きだったの。
かっこいいじゃないですか。
だから年中原宿には行きました。

そんなふうにファッションチェックが毎回入り、
わたしが着たい服は、当時のわたしには、
自己主張だったり、自己表現だった。
それをとめられていた。

もひとついえば、これも近年までされていたけど、
部屋に戻ると、なにかしらいじられたり、変に片付けられていて、
なにがどこにあるか把握できず、
怒りにまかせて年中、わざと部屋を散らかしたりしていた。
入ってこないでね!と言えない家庭だったから、
受動攻撃をするしかなかったのです。

そんなこんながあわさると
わたしみたいに歪んだ人間になっちゃうのよ!って話し。



色々雑然と書いてきたけど、
うちでは好きな服装すら着られなかったんだ。

ビスチェとかも大好きです。

もちろん、素材にこだわった服も、一昨年前から着ていますが、
やはりデザインを一番見ちゃう。

なんかねー
なんだかねー
母親に、父親に、
わたしの女性性を潰された気分なんだ。

自分の中の女性性を取り戻すのは
当面の目標になりそうよ。


最後までご覧いただきありがとうございます!
れいあ
Author: れいあ
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