れいあ

人生の棚卸し ~アストロキネシオロジー 最終日

はい、れいあです。

今日は、アストロキネシオロジー最終日だった。

今日は残りの方々のシャドウプラネットをみつけるセッションを行いました。

わたしは慶太さんより学年で2つ下なんで
ほぼ同世代なんですが、
男性と女性では、みているものが違っていてわかりにくかった。
だけど、音楽なら理解できました。

公開セラピーの最中、音楽をかけていきました。
それはまるっきり13歳のときに聴いたものでした。


はい、カルチャークラブね。
ニューロマンティクスです。


この曲は、思わず口ずさんでしまった!と思ったら
慶太さんも一緒に歌ってた(笑)

こんなかんじで、音楽を使ってのセッション。
わたしはいくつかやってきたけど、
一番印象あったのは君の名はセッションでした。



そして、今回の講座は終わったのです。

さて、問題は自宅に帰ってからおきました。

帰るや否や、両親とも妙なエネルギーでした。
テーブルには一枚の葉書が。



父親に借金してるかどうかをすごい剣幕できかれた。
わたしは基本的に銀行にも預けないタイプで、
必要なだけしか現金は持ち歩かないけど、
カード、キャッシュカードはよく紛失していたために
一切使わないようにしているのである。

カードは携帯料金プラスアルファ程度だけど?と答えた。
葉書見てみろと。

まあ、架空請求の典型の葉書がきていたわけです。

親は初めて見たけど、わたしが昔品川にいたとき、2001年くらいにもきていた。
個人情報保護法が、こんなきちんとしていなかった時代の話。
それと全く同じ督促詐欺なもんだから、わたしは
遅れてんなーと笑ってしまうレベル。
だってこのご時世、
ここまでプライベートな内容にシールも貼らず、封書じゃないことそのものが怪しいのに。
そもそもわたしは借金などないし、
きたものは完済していることを伝えた
にもかかわらず、全くもってわたしを信じてなどくれない。
あまりにもわけのわからないことをいうので

いい加減にしろ!

と父親に対してわたしは気づけば恫喝していた。
生まれて初めてわたしは父親に恫喝した。
だってわたしには、両親、とくに父親は恐れの対象でしかないからだ。
発言したくともわたしはすべて父親に、小さな頃から抑えつけられてきた。
わかってもらえない以前に、きいてももらえない。
もちろん信じてもらえない。
常に疑われる。
交通事故にあったときなんて、3ヶ月の負傷で心配すると思ったら、
保険金は出るのかを聞かれ、出ると答えたら
当たり屋を味をしめてやるなよ?
という。
弟が一人暮らしすれば、
あいつはいつ人を殺すかわからない
と見張りを母にさせるし。

わたしも弟も母も、
みんなあんたの被害者だ!
あんたが自覚しないならわたしが教えてやろう。

気づけばわたしは、そんなことを口走っていた。

わたしの心では、

貴様わたしのことを何様だと思ってるんだ?

と思っていたんだ。
ずっとわたしは自分の尊厳と向き合ってきたんだ。

あんたの娘だろ?
なぜ、自分の娘をそこまで信じられない?

という意味もある。

父親に対する恨みをずっと持っていた。
ハートでは許したと思っていたけど
わたしのハイヤーは許していなかった。

あまりにも突然だった。
家に帰って、リビングに入ってすぐの出来事だった。
わたしは、ただただ、悲しかった。
そして激しい怒りで満ちていた。

今更だけど、10代のときずっと毎日思っていた。
わたしは何故、こんな両親から生まれてしまったんだろう。
何故親は変えられないんだろう。

家はしつけがあまりにも厳しすぎた。
だから勝手口から抜け出して夜遊びに走ったり、
彼氏と旅行に行きたくて学校の文書偽造したり、
わたしはかなり親の目をすり抜けて
制限をいかにうけないようにするか
狡猾なやり口を考えるようになったのだ。
それでも抑えつけられた。
家出もしたし、駆け落ちもした。
だけど父親に、引き戻されてしまっていたんだ。
父親は、なにをいっても聞いてくれない。
わたしは父親と向き合うことがなかった。
全部制圧されて、コントロールされて終わるから。
そこに愛がないことくらい、小さな頃から知っていた。



父親は、いきなりテーブルをたたきつけた。
さらにわたしに殴りかかろうとしていた。
でも、悲しいかな、
きっと、わたしが殴ってしまったら、親が倒れるだろうな、、と感じてしまった。
そんな親が老いた悲しみも少しはある。

わたしは父親に言った。
一体あなたはなにに心配しているんだ、と。
もっと伝えたいことを建設的に話してくれ。
わたしにはまったく言いたいことがわからない。
そう伝えた。

母親も横からなにか言おうとして、
この葉書をそのままにしておくと、、というと
父親が被せて
警察に行けと言う。

警察にわたしは行く必要などないから行かない。
そんなにわたしを疑うならば
あなたがたが自分で行けばいいと伝えた。

すると、父親は、何故お前のためにそこまでしなきゃいけないという。
わたしは、借金してないし、本人が身に覚えがないし、
第一典型的な詐欺の手口なのに、
なんで簡単に詐欺の手口は信じるのに
身に覚えがないというわたしを何故信じないんだ?
といっても拉致があかない。

わたしは苛立ち、今度はテーブルをたたきつけて大声で叫んでいた。
ふざけるな!と。
そもそも二人とも、自分に向き合っていないだろうと言っていた。

この人たちには、言って通じなくても
言わなきゃいけないと思っていた。
父親には、なんのことだといわれた。

わたしは小さな頃から、あなたに殴られ続けた。
なにかあると脅されて育ってきた。
だからわたしは萎縮して、自分を伝えられない。
やりたいことに常に制限されるように仕向けられてきた。
もっといえば、弟も、母親も昔は萎縮していた。
そんなことに何故これまで気づかないんだと。

人生学びなおせ!

と親に叱っていた。

母親が作った料理を食べずに捨て、母親はどんな気持ちになるのか、考えてみろ、と。
あんたがやるから弟も真似してそうなった。
酒を浴びるように飲み、どんな気持ちで母親はみていたか。
すべてあなたの責任でこうなったんだ。
うちは弟も父親もアルコホリックなんだ。

母には言った。
わたしはあなたの鉄の意志を見習わなければならないと。
わたしは優柔不断だから、なにも決められないんだ。
母は、一度決めたことは、ストイックに通す人。
だが、遊びがないし、自分を追い込むことがストレスになって苦しめている。

わたしは両親に対して、どんなふうに実は見てるかを話したんだ。



なぜ父親、あなたは自分の家庭を支配しようとばかりするのかと。
コントロール、するのもされるのも、わたしは嫌いだと伝えた。

すべてが自分の思い通りになると思うなよ?

とも。
自分が本当にやりたいことができなくてストレスなのを酒に逃げてると。
ずっと逃げの人生をこの先送るのか?と。

お父さん、あなたは何故腰の手術をしたんだ。
やりたいことをやるためなのならば
もっと本当に自分の人生を生きて欲しい、とも。

システィーナ礼拝堂に行ってくれ。
わたしは、それをずっと伝えたかった。

ただ、こういうことをいうと、また、頭がおかしくなったと
また警察を呼ばれても困るから。
わたしがこういうことをいうたびに頭がおかしいというのはわかる。
こっちはそちらさんが心配しているほどには頭はおかしくない。
警察の世話にはならないから大丈夫。

システィーナに行って、今生の気づきをしてほしい。

母親には、もっと、意固地にならず、お父さんに怯えず、助けてほしいときは、助けてほしい
そうちゃんと伝えるんだよ。

そう話していた。

わからないけど、
これが、わたしが両親に伝える
最初で最後のメッセージな気がした。
わたしは両親にいま、やれることは、ここまでだ。

追記として。
翌朝、両親が弟の住む品川へ行った。
母になにかの気づきがあったみたい。
母が変われば、父親も変わると思ってる。
早くわたしを嫁に行かせてくださいw

院長とは、家族以上の付き合いの人だから、
散々時間をかけて言ってきた。
院長とは血筋以上のつながりを感じるからだ。
だから、あなたは自分のやりたい方向を見つけてほしい、と言ってきたんだ。
だってわたしは、彼の本当にやりたいことを知っているから。
だから、できないでもがく彼を見るのが辛かった。
頑張って気づけるようにやってきたけど、
やはり逃げられてしまう。
もう、これでわたしの任務は終わりなんだ。

院長も両親も、わたしが大切なひとたち。
だけど、なんていうか、表面上の答えしか求めずに生きすぎてるんだ。

院長は、わたしを信じてくれているし、受け入れてくれている人。
だからわたしは彼を信じているし、受け入れている。
両親には全くできなかった。

信じてほしい人に、疑われ続けるのはつらいこと。
わたしはなにかと疑うタイプだけど、
疑うことに疲れきってしまった。


そんなやりとりが講習から帰ってすぐにあったんだ。
わたしはすっかり疲れてしまった。


まあ、人生の棚卸しです。
この先の人生で、必要ないものを


わたしに必要なものは、愛だけです。

New Order Perfect Kiss













れいあ
Posted byれいあ