れいあ

永劫回帰とPlayfulness ~ 遊び心は 人生を豊かにします

はい、れいあです。

※ 永劫回帰 とは。
フリードリヒ・ニーチェが『ツァラトゥストラはこう語りき』の中で提唱した概念。
すべての瞬間が、まったく同じ順序で永遠に何度も回帰する、という思想。
(ニーチェの思想そのものが結構論議の対象とはなるのですけどね。)

永劫=永遠に
回帰=同じことを繰り返す

という意味です。
いいことも悪いこともそこに刻み込まれた意思として、パターン化され、繰り返され続けるということなのかな。
ついでに言えば同じくニーチェの言葉で有名なものに「ルサンチマン」があります。
被支配者あるいは弱者が、支配者や強者への憎悪やねたみを内心にため込んでいることをさします。


今日のセッションがなかなか興味深かったので、許可をいただきまして、
ちょっと書かさせていただこうかと思います。



お客様は、これまで勤めていた会社を昨年やめられました。
いままでは、いわゆる"ライスワーク"で、食べていくため、生活のためにしていたのです。
しかし、派遣の更新時に、やめることを決意し、別の仕事を今年になりはじめたのですが、、、

「なにか違う」

これまでのお客様なら、それでも働いていたかもしれない。
だけど「なんか違う感」「違和感」がわきたち、結果的にそこもやめ、いまは、仕事についてません。
しかし、なにもしない日々に、だんだん焦りはじめ、このたびのセッションとなりました。

「このままじゃいけない。」
「そろそろなんとかしなくちゃ。」
「せめて勉強しとかなくちゃ。」

マインドが騒ぎたてる。

話はプライオリティについてとなって価値観についての話になりました。

価値観て、人生でなにかあったりすると、
ひょんなことで、簡単に優先順位が変わるもの。

自分の優先順位。
なにが大切で、なにが、そうでないか。

半年ぐらいで変わったりするので、時折見つめるとよいかもしれませんね。

今回お客様の価値観で優先順位の高いものをあげてもらい、ダウジングをとっていきました。

一番初めに反応したものは

<安全でいられること>

安心と安全は、似ているようでいて、違います。
安全は、生き死にに関係してきますからね。

わたし自身の価値観のプライオリティも変わってきていて
2014年の記録だと価値観の第1位は「健康」でした。
2番目に「仕事」。
3番目に「人間関係」。

翌年の2015年。

これはアルカディアさんでの「自分の価値観探求セミナー」という講義の中で出していったのですが
「傾聴とコミュニケーション」というセミナーもあわせて受講していきました。
宿題がね、すごい大変なんです、この講座・・・(涙?)<ミーシャ先生は結構宿題出しますw
(以下は”自分の価値観探求セミナー”のメモ)

http://siriustribe.net/94.html
1番目は、やはり「健康」でした。
2番目は「信頼」でした。
3番目に「喜び」
4番目「自己実現」
5番目「自己受容・承認」
6番目「交流」
と続きます。

仕事は、このとき、入っていませんでした。
しかし、わたしにとっては

自己実現=仕事

と当時はみなしていました。
(いまはまた違ってきてるけど)
こんなふうに言葉に対する意味づけもその時々で変わっていったりします。

仕事はわたしにとってはお金を得るための手段という発想がなくて、

「自分というものを実現させるプロセスの中で、結果としてお金が入ってくる」

という考えを根本的に持ち合わせています。

いまのわたしはどうなんだろう???

セッションのほうでは次に、この言葉に反応しました。

「こんなにしてもらっちゃっていいのかしら?」

これは「自己肯定」についてと関連してきました。
こちらのお客様は「完璧主義」が小さいころから身についていました。
学校で98点をとると、母親から怒られる。

「なぜ100点じゃないの?」

お客様自身は98点。よくやった!
と肯定していたのにもかかわらず
母親には常に完璧を求められていました。
結果、どんなに頑張っても完璧でないとダメなんだという発想になっていきます。

今回は何の話だったかというと、お金の貸し借りについての話がきっかけでした。
お金についての価値観は様々です。
お客様の場合は、お金だけでなく「貸し」「借り」について思うことがあるようでした。
たとえば何かおごってあげるといわれたら借りができてしまうような感じになるのだそうで
「お返しをしなくちゃ」
と思うのだそうです。

わたしは正直すごいケチな人間なんだけど、、
友人と40歳になったくらい(友人はそのとき30代後半)のとき
「どっかでお茶しようかー」
って話してたの。
池袋の駅だったか東京駅だったか忘れたけど。。
わたしは介護中。無職。
友人も友人でカツカツの状態で派遣労働をしてました。
ちょっとくらいおごってやってもいいんじゃないの?
っていう発想がわたしって、なくってですね。。。

結果、

「わたしペットボトルのお茶でいいよ。駅の階段でダベろうぜ!」

駅の階段に座り込んで何時間も話してました。
20歳そこそこならわかるんだけどってかんじですけどね。。
40歳でしたけど、こんなかんじでした。

今日その話をしていて
わたしはお金の貸し借りとかがわかりやすいけど

「エネルギーの奪い合い」

ってイメージがあるんだよね。
境界線があいまいになっちゃう。

おごるとかならまだよいんだけど、
借りるとか貸すってなにかが残ってしまう感じ。
あとくされないのがよいなってかんじの考えなので、私の場合そうなっちゃう。

セッションで次に出てきた言葉は

「自分を追い詰めることをやめる」

ということでした。

これは冒頭にも書いたように、
仕事をやめたことで自分にムチを打ってしまうかんじの意味ね。

わたしの話をすれば
研究員時代の話は、この記事↓↓でもいろいろ書いたけど

整骨院で患者さんとファンク対談 2019.03.25
http://funkysista.blog88.fc2.com/blog-entry-4180.html

研究所に勤めていたときは、ある意味人生のモラトリアムにも近かった。
というか、わたし、人生のモラトリアム期間が長すぎるという話もあるんですがw
出社拒否、いわゆるアパシーシンドローム(退却神経症)のときの話。

わたしは最初の所属が本社だったんだけど
基本的な社則や待遇は研究所と本社は一緒だった。
「お大事にね」って本社に行くと同期やら先輩や後輩に言われるわけ。
周りから見たらずっと会社をうつ病で休んでるわけだから。
だけど90年代半ばって、心の病に対する認識や理解があまりにもなくってね。
わたし、後ろ指をさんざんさされてきたんだ。
もしくは、あー、なんかひそひそやってやがんなーとかそんなかんじ。
でも、正直それを気にしてるどころの気持ちじゃなかった。
気にしてるくらいのエネルギーあったらとっくに仕事復帰してるわってかんじで。
でも、結果、気にしてしまったとでもいうのかな。
なんとかして一日でも、いや半日からでも会社に行かなきゃって追い詰めた。
頑張らなきゃって。
そうじゃなきゃわたしの席がなくなっちゃうってすごく思ってた。

で、まぁそんなとき実家からは通勤がきつくて(片道2時間でした)
たまたま会社の近くにつきあってた人が住んでいたのです。
最初は家もつらかったし、会社もつらかったので、
家出同然で家を出て、彼の家になだれ込むようにお世話になっていたんだけど
彼の部屋の更新が近づいたときにいろいろマンションを見に行って
新築マンションがあって、わたしの会社にも電車1本だったので、そこに住もうとしたんだけど
結婚を前提にしていたのだけど、彼は無職だった。
職が見つからないので婚姻届けを出さずにきたら
結果的にわたしが精神的にダメになってしまって
彼の家からもさらに家出しちゃったんだわ。。
でもって放浪の旅を送っていた時期があったのね。
この時代ちょうど新世紀エヴァンゲリオンが流行っていてね(1995-96年くらい)
超絶鬱がひどくなった記憶がありますわw
エヴァは好きだけど。。。

まぁ長々と、自分語りしちゃった。
自分を追いつめていたことにも気づかなかったんだよね、わたし。
人にはよくいわれたけどね。
どこが?ってかんじで。
人のほうがよっぽどわたしのことわかるんだよね。

さてさて。
最後になるけど、お客さんが出てきたもので、
上記の

「自分を追い詰めることをやめる」

というのは、
仕事してないから、稼いでないからわたしはダメ人間だ!
という発想をやめるというか、
90年代当時わたしはそれにも正直悩んでいたわけ。
職があるのになぜ会社にいけないんだっていうことに悩んでいた。
いやな直接的理由が、表面的なことが見当たらなかったんだよね。

今回のセッションでも

「なにもしない、をする」

というかんじになっていきました。
頭にいろいろ情報を詰め込んだりしちゃうと
インスピレーションがこなかったり、
情報にやられちゃう結果心配をあえて見つけ出そうとしてしまったり。
仕事してないからリラックスできてるかといったら、そういうわけじゃないんだよね。

そんな中、

「しゃべってないと安心できない」

という言葉が出てきたの。
お話をきいていった結果

「あ、わたしって誰かいないと生きていけないんだ」

ってことにお客さんが気づいていった。

そのちょっと前あたりでね、
セッション中にいきなりバジルの味の感覚があって。

あれ?わたしバジル食べたっけかな?

って思ってしまったんだけど。。。
それってよくレモンの味を想像してみて口がすっぱくなるアレと同じようなもので
わたしにバジルのイメージを五感で伝えてきたらしくてね。

わたしはアロマ精油のバジルとホーリーバジルを扱っているんだけど
ホーリーバジルは店先で育てたりもしてた。
少しバジルより甘めなのよね。
そしてホーリーバジルは放射能の影響を軽減してくれることでも有名になったんだけど
免疫力を通常のバジルよりUPさせてくれます。

バジルやタイム系の精油って
「頭で考えがちのひと」によい精油。
呼吸器にもよい精油です。
覚醒系だね。
ちなみにエネルギーが強いのでわたしはハーブのほうをおすすめしています。

あともうひとつ。
それは
アニスシード。

これらの共通点は「呼吸器によい」ということ。

次にきたのは

「”口へん”の漢字がヒント!」

だった。
とにかくスマホでは調べないで
わたしはひたすらお客さんが

”口へん”の漢字

を思いつくままダウジングをとるという

「これってクイズ番組かなにかですか??」

という状況に。。
しばらくし制限時間がきて上から
「スマホ見ていいから出してw」
というのでみてもらうと。。



に反応。

「あ、そっかー!人生を満喫しろってことか」

と気づかれました。

今日のセッションの最初に

「人生の意味について考えていく(セッションにしなさい)」

というのがきていて

「人生を満喫するための時間」

ということにいきつきました。

するとわたしに

”PLAYFULNESS”(遊びに満ちる)

って言葉が降りてきた。

「遊び心は 人生を豊かにします」

って言葉が来たので伝えた。

昨年だったかな、

”遊びに全力をつくす人間になりたい”

って、ふと思ったんだぁ。

遊びから得られるものっていろいろある気がして。
ふとした瞬間に、インスピレーションがおりてきたり、
ものの見方が変わったり、
好きなこと、遊びって与えてくれるものが大きいって思うんだよね。

全力でバカになれる

みたいなかんじもいいかなって思うんだ。

従来の自分というセルフイメージじゃなく
自分というアイデンティティを崩壊させる。

まぁ実際のところ、これが今日の一番のテーマだったんだけどね。

お客さんは昨年お父さんが亡くなられたんですね。
その前年にはお母さんが亡くなられた。
特にお母さんは
「人に厳しく自分に甘い」
タイプの人だったらしく、
なくなられても、自分の中にある呪縛はそのままあったわけ。

気づけば常に人生を壊されてきた。
本当は育てなきゃいけないタイミングにも、壊されてきたわけなのです。

だからこそ、いま、壊すものは
そのパターン。

アイデンティティに刻み込まれたパターンを変えるには

「人生を満喫すること」

「喫」

という字の右のつくりにあるものは

刻みつける+刀+両手両足をのびやかにした人

という意味があるそうで人の肌や骨に符号を刻み付ける=約束
の意味もあるんだとか。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 『リライト』

起死回生 リライトして
意味のない想像も君を成す原動力
全身全霊をくれよ


サカナクション 蓮の花



最後までご覧いただきありがとうございました。
れいあ
Posted byれいあ