整骨院で患者さんとファンク対談

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光の錬金術師れいあ
はい、れいあです。

この最近、音ネタ記事が、じわりと増えておりますが、
クラブ系ネタが多かったかもな。

わたくし20代のときに音楽の会社で働いておりまして、
音楽雑誌の編集にも携わりました。
そののち音楽の研究所に3年勤務してました。

わたしの研究員としての担当は、

ファンクとソウルを中心としたダンス音楽

だったんです。

わたしのそばには、いつだって音楽があった。

ファンクの担当に関しては希望が通ったんですが、
その他に担当してたのは当時の未知の領域でもあったヒーリング音楽とアニソン、ゲームでした。

ゲームとアニメ好きのバイトさんを雇い、
色々とアニメに関することや、ゲームについてやってました。
具体的にはゲームしたり、アニメ見たり、音楽きくのが、わたしの当時の仕事でした。
音を聞いたりして、
「これは昔はやった○○っぽいグルーヴを感じる」
とか、そういうことをデータとして落とし込む作業だったんです。

しかし折しも、パニック障害真っ最中。
いま聞いたら、また感覚が違うかもね。

研究所にいるときは年俸制だったんだけど、
研究所のまえは法人営業してて、そのとき発症したパニック障害。
それからの出社拒否。

だけど研究所の所長に言われたのです。

「結果を出したら、出社は極端にいえば1年に1日会社に来ればいい。
結果を出せばいいんだ!」

会社に行けないわたしにとってある意味救いの言葉でした。

「ああ、結果出せばいいのね!なら大丈夫かも。」

なんて気軽に考えてました。

結果の出し方などわからなかった。
だけど救われた。

とにかく感性が仕事に直結していたため
感性を磨くことが大切だったのです。

わたしが勤めていた会社は、音楽商社で
全国に営業所があり、社員は当時800名いました。

営業時代、法人営業なので飛び込みこそなかったけど、
営業という仕事があわなくて苦しみました。
直行直帰には自由を感じていたけどね。。

人事について、研究所の新しいプロジェクトチームの募集があり、
それが全国から3名だけ、論文選考で奇跡的に選ばれたんです。
音楽についての論文を書いて、選ばれることで
選ばれしエリートコースでもありました。
だけど夢とは裏腹に出社拒否を引きずってしまったのが申し訳なかったのだけど・・

で、選考にもなった論文の題材は音楽について書けということだったんですが・・・
わたし文章を書くのが大好きなんだけどね
中学一年のときは弁論大会で優勝したり、
高校のときは角川書店の感想文コンクールで
全国で佳作をとったことがあります。

論文ではたいがい、何を伝えるかというのあまり意識せず

わたしはどんなふうに思う。あなたにそれを伝えたい

というスタンスでの文章が得意です。
ブログは、そんな延長みたいなものです。

テーマを決めて追い込んでいき、文章に落とし込むスタイルで書いていくので、
テーマをどうしようと思っていたんです。

昔は詩や小説、曲を作っていました。
だけどわたしから作品が生まれるときは
いつもひどく鬱なとき。
自分を追い詰めて、鬱の中、でてきたものが大多数でした。

病んでないと作品ができないタイプだった。
ヒーリングで癒されたら曲なんてでてきませんねw
文章については左脳を使ってまとめるので、
文章書けなくなったら、マジでピンチなときですね・・・

研究所の論文を書いたとき、超絶に鬱で、
入院してたレベルの鬱でした。

で、いざテーマを考えるにあたり、アメリカの音楽史にしたのです。

ブルースは何故、生まれたのか。
ジャズが生まれたのはどんな流れか。
ジャズの中でも様々なジャンルがあり、
R&Bが生み出された。
1800年代の南北戦争から、
ヨーロッパからアフリカの奴隷を連れてアメリカにいきつくピューリタン。
宗教的土壌は、当時は知らなかったけど、そこから生み出されたもの。
ブルース。

で、ジャズを経て、かなりはしょると、、、
James Brownです。

James Brownも1960年代の音と70年代のとは違う。
J Bはファンクの帝王だけど、かなりソウルに近い。
つまりブラックミュージックがベースにある。
わたしにとってファンクとは、
スライ&ファミリーストーンなんだ。
だけど両者ともファンクであるが、音が違う。
スライの音は、やはりヒッピーカルチャーのイメージがある。
(スライについては最後のほうで)

とはいえ、わたしは、ジェームズブラウンのコンサートに2回行っている。
横浜アリーナだった。

ジェームズブラウンは、コンサート中に必ず
「死んだふり」
をしてね、
大丈夫か?というレベルで、放送事故レベルで音がとまるw

わたしCharaが大好きで、昔むかしなんだけど武道館でのコンサートで、
Charaが不機嫌になって歌わなくなり、
まだそのときは結婚してなくて、
浅野忠信がでてきてた(当時はあまり有名でない)
わたしは浅野忠信が好みの男性だったんだけど
考えてみたら、あれは浅野忠信だったのかー!
199.jpg
と(カッコイイ)
あ、90年代の話ね。

ソウルシンガー、意外と演出するもんなのねww

で、ジェームズブラウンのほか、
ジョージクリントンやら、ブーツィコリンズといったファンカデリック、Pファンクの面々のライブを
川崎のクラブチッタまで見に行きました。

Bootsy Collins Bass Solo In Dayton


George Clinton & The P-Funk All Stars: NPR Music Tiny Desk Concert


James Brownといえば、
Sex machine


なわけですが、これはJames Brownの、個人的に好きな曲。
James Brown - Soul Power


今回は書かないけど、
R&Bの中でも60年代からモータウンサウンドが流行しました。
モータウンといえば、やはりマーヴィンゲイが一番有名。

Marvin Gaye What's Going On Live 1972


今は知らないけど、横浜元町の入り口、というか石川町を降りたところにモータウンというバーがあって、
いわゆるDJバーというのかな。
ブラックミュージックフリークが来るようなところ。

一方でわたしが住んでいた品川にも、オブライアンズというバーがあって
夜中とか、よくふらっと行っていた。
そこではソウルトレイン系を中心にヒップホップまで、
マスターの好きな音だけでなく、映像が流れてて、ファンキーな店でもあった。

元町モータウンのほうは、シックな音を中心としていて、ジャズバーのようなクールさとは違った。
ジャズといっても様々だけど、ニューソウルあたりも含めたのが
渋谷のカフェ・アプレミディ橋本さんのサバービアレコードのシリーズかな。
http://apres-midi.biz/

70年代に入りニューソウル運動なるものがあった。
そのとき、ニューソウル四天王ともよばれたのが、
カーティスメイフィールド
ダニーハザウェイ
スティービィーワンダー
そして先ほども書いた
マーヴィンゲイ

このころの音楽って社会的背景がかなり関係があって
ベトナム戦争からのフラワーチャイルド。
これは前に書いたサマーオブラブと関係してくる。

平成を音楽で振り返る #1 2nd Summer of Loveとわたくし March 12.2019
http://funkysista.blog88.fc2.com/blog-entry-4166.html

いわゆるヒッピーカルチャーなんだけどね。
Love and Peace(愛と平和)の象徴として髪や体に花を飾る ヒッピー と呼ばれる若者たちが様々な形の集会したそうな。
(私が生まれる前ではありますが。。1965年あたりのこと。)
そしてキング牧師やケネディ大統領などの暗殺事件がありました。

Curtis Mayfield - Tripping Out


Donny Hathaway - A Song For You


Stevie Wonder - Another Star

スティービーはポップな曲からいろいろな素晴らしい曲があるけど
わたしはAnotherStarが一番好き。

さて、なぜこのタイトルだったのかというとですね。。
うちの院長とわたしは大のプリンスファンなのです。
整骨院だけど、プリンスのライブ音がいつも流れております。

Prince unaired "Controversy" Ellen DeGeneres 2004


わたしはプリンスのライブに90年代に2回いっていて
そのときプリンスのシルバー製アクセサリーを買ったりしていました。


これと同じものを特注で院長が作ってもらったらしく
知り合ったとき、同じものをもってることに
なんだか奇妙な感覚になり、変な偶然が院長とは続いたのですが
プリンスファンのコアさといえば院長はピンポイントでやたらと詳しい。

一方でわたしはここでも書いているけど
HipHopなどの原曲、つまり元ネタを探って
音のヒストリーをたどるのが好きなんですね。
これは研究所時代の聴き方でもあったのですが。。

プリンスをたどるとやはり、P-Funkなんかにいきつくし
JBはもともときいていたけど、
そんなふうにファンクなどを聞き、わたしの好みだなと思っていたのです。

先日院長が患者さんと待合室でお話しをしていました。
わたしはお客さんがいらっしゃるのを待っていて
そんな折、患者さんがスライ&ザ・ファミリーストーンのDVDについて語り始めていたのを
少し距離をおいたところからきいていました。
しかし院長はいまいちな受け答え。。
思わずわたしが
「スライはやっぱりファンクの先駆けですよね」
といったら、
いきなり握手を患者さんから求められましたw

Sly & The Family Stone - Dance To The Music


Sly & The Family Stone - Family Affair


Sly & The Family Stone - Everyday People


I Want to Take You Higher


やはりファンクといえばJBのイメージがあるしJBは好きだけど
音楽業界的な立場からいえばスライだったのです。
でもわたしはその流れを知りたくてずっときいてた時代がありました。
スライはやはりヒッピーカルチャーがベースにあったか!
とにかくバンドメンバーも人種の垣根を超えていたスライ。

そんな話をきいているうちに
わたしも再びファンクを聞こうと思って
記事にしてみました。

R&BにはR&Bの系譜がこれまたいろいろあるので、
いつかいろいろなジャンルの音について
思うことを書いていけたら面白いなと思いました。

それでは!

最後までご覧いただきありがとうございました。
光の錬金術師れいあ
Posted by光の錬金術師れいあ