れいあ

リチュアル6日目 ~ 魂の通過儀礼

はい、れいあです。

昨日3月12日は岩田康誠騎手の誕生日。
以前よく勝っていたときはファンレターを送ったものです。
ロードカナロアが引退して以来、
すっかりレン君のほうに夢中になってしまい
いつか園田競馬場に行きたい!とか
地方交流戦でなら花束渡せるかな?とか
そんなことばかり考えておりましたが・・・
息子さんが今年の3月ジョッキーデビューを果たしました。
月日の流れははやいものですね。

いやーっ、それにしてもですね、まだまだ世間話は続くのですが・・・
昨日の夜、そして今朝、
別の友人からそれぞれメールが久々にあったわけなんですが、、

「ピエール瀧、逮捕だって!」

久々のメールで
いきなり逮捕ネタをぶちこんでくるとは
さすがにわたしをわかってらっしゃるw

(コカインは粘膜と肺がやられます)

まさか、友人を通じて・・一人は。
「あれ?わたし、電気グルーヴのファンて話したっけ?」
なかんじではありましたが、
なにくわぬ顔で、伊勢神宮に行く約束をとりつけました。

(厳密にはわたしは石野卓球のファン。
正直、卓球ちゃんのほうが頭イッてます)

朝、メールがあった友人は三重の亀山に住んでましてね。
とびだせどうぶつの森の夜のオートキャンプの音楽をきいてると
友人と伊勢参りをして、亀山の鰻屋さんで鰻食べて、
一人、亀山のカンデオホテルに泊まった日のことをゲームするたびになぜか思い出してたんだ。
あの感覚。なんなんだろうな。
せつなさに似ているけど、せつなさでない。
せつなさといとしさと心強さと・・・あれ?どこかできいたことがあるメロディ~
ていうかねTKではなくてトロイメライを聴いたときに似た郷愁があるのよ。

また伊勢に行きたいな。

「改元後に また、会おう!アディオーーースッ!」

と約束をしたレイアさんでした。

さて、やっと本日の曲です。
かーなり、リチュアル終わりギリギリにきたので
本日はないのかとばかり。

それは、この曲でした。

The Manhattan Transfer - BirdLand

昨年8月に、手術前の父と、聴いた曲がBirdLandでした。
うちの父はジャズが大好きなんだ。
わたしも、弟も、父の影響を受けてジャズが好きなんだよね。
父はお風呂の中でも防水スピーカーてジャズをきいてる。

そんな折、昨年夏に父と二人で BSのジャズライブをみていたら
あ、なんかきいた曲。
なんだっけ?

きくと
Weather ReportのBirdLandだよといわれ
音を探して聴いたっけ。

わたしはもともとマンハッタントランスファーを中学時代から聞き出した。
Spice Of Lifeという曲が大好きでね。
「中学生なのに、こういう曲聞いちゃう私ってオトナ!」
っていう一種の中二病もありましたが・・・w

「今夜は人生のスパイスを味わいましょう」

ってね、大人にあこがれていたあの日・・・(遠い目)
いろいろと早熟だったんですw

The Manhattan Transfer - Spice Of Life


で、まあ、それから10日たたないうちに父は入院し、二度の腰の手術となったのです。

結果、要介護とはなったけど、介護保険だけでなく、リハビリをしていた。
祖母を見ていたので、わたしはリハビリを頑張れるほどの根性は父親にないと思っていたのですw
でも

「旅行に行くため間欠性跛行をなんとかするための手術を決めた」

というからには、手術に反対をしたものの、それ以上は何もいえなくなってしまった。

実はそんな父親が昨日、5月に四国まで旅行をするといいだしたのだ。

どこに行くのか聴いてみたら、・・・いや、聞くまでもないかと思うのですが・・・
昨年の紅白で米津玄師が中継で歌った大塚国際美術館。
システィーナ礼拝堂を完全に摸したとされた例のアレだ。

娘としては微妙な気持ちになっていた。

父はいつかイタリアに行きたいと5年以上前から言っていた。
ヴェネツィアに行きたいんだそうだ。

何度も書いているけど
わたしにサイキックが発動したのは2010年3月のことだった。
このときわたしは東京から神奈川に生活の拠点を移した。
その後2011年11月、そして2014年6月に三度目が発動した。
4度目は2016年11月から現在も。。。というかんじ。
いい加減にシャーマンを受け入れろとばかりにやってくる。
シャーマンではなく錬金術の道に変えてもらったんだ。
シャーマニズムと錬金術の違いについては、またいつか。
いずれにせよシャーマン気質なのは巫女の系統であるから仕方ないのかな。

この3度目のサイキック通過儀礼の直前に、父と母は小笠原諸島に旅行していた。
週に一度しか父島行きの船は、なかった。
そんな親が帰ってきて直後に、また、サイキック現象が現れた。
父親は、狂気の沙汰にとりつかれた娘を見るや否や、愕然とした。

「介護から、解放されたと思ったら、今度はお前か。
お前は精神病院に入院してくれ。
お父さんを安心させてくれ。
警察にお前を、通報する」

要するにわたしが生きていると、わたしの面倒を一生みなくてはいけないので
措置入院させるため警察に電話するというのだ。

2010年は父親が区に電話相談をし、保健所の人がやってきた。
保健所で紹介された精神科医だったため
わたしは自己開示は一切するものかと思っていた。
その先生のもとに母親に連れていかれた。
精神科医の先生は泣いた。

「なにがあなたをここまで追いつめてしまったのか」

わたしは統合失調症の陽性期だといわれた。
液体のリスパダール3mmを飲まされて鎮静させられたんだけど
しびれるし、顔に表情もなくなるし、感情がなくなる感覚になった。
あれからまだ5年にも満たないんだけどね。
父親が泣きながら殴るんだよ、わたしを。
そして動けなくなると口に液体の薬を入れ込まれるわけ。
そして鎮静、というかただ眠るしかなくなってしまう。
無限地獄としかいえなかった。

しかしわたしは正気?になると

「わたしは病気じゃないのをなんでわかってくれないの?
お父さんならわかってくれるって、信じてた!」

を言い続けた。

いまでは、いろんな声がするのは、わたしの一部であり、
わたしも自分かそうでないかの区別は当時からあるんだ。

しかし「わたしは病気じゃない」と訴えるほどに、

「病気な人ほど、それをいうものなんだよ」

と泣きながらいわれた。

父親を悲しませているわたしがいる。

「お父さん大好きだよ。だからわたしを警察に通報しないで」

とわたしはわたしで人生かかってるので訴えたけど

「お父さんを楽にさせてくれ。
ずっと家のため働いてきて、退職したら今度はおばあちゃんの介護だ。
そして介護が終わったら、今度はお前か。
俺の人生はいったいどうなっているんだ」

と悲しんだ。

父親のいう通りにわたしは措置入院させられていたら
今頃人生変わっていただろう。

そのころにきていたスピリットには

「入院はしないから大丈夫だ」

といわれていて、わたしはそれを信じ続けていた。

こういう思いをさせてしまった以上、
わたしはちゃんと仕事していかなきゃと強くこのとき思ったし、
せめて経済的に自立できなくてはというかんじでそれ以降生きてきたんだ。

だけど決して父親のために生きたわけではない。

でもね、父が自分で思うような人生を生きて欲しいって気持ちがこのとき強く芽生えたんだ。
人生は自分で作れるって思ってほしかった。

しかし、今回、
ついつい、言ってしまった。

「システィーナっぽい雰囲気なら本物のシスティーナに行きなよ!
イタリアに行きなよ!
ベネツィア行きたいんでしょ!」

わたしは、色々がこみあげてきて泣きそうになっていた。
実はわたし自身にも言ってるようなものなのかもしれない。

世界のリゾートに、いろいろ行きたいもんな。
イタリアもいいけどギリシャのサントリーニ島に行きたい、とか、
地中海には行っときたいんだよね。
フランスのモンサンミッシェルとか含めて絶景を体験してみたい。
美しいものに溶かされたい気分なんだ。


父親の話から自分のシャーマニックな体験に話が及んでしまったけど
内容的には口に出したらいけないんじゃないかってくらいに恐ろしかった壮絶な体験だったんだ。

そんなこんなを経てだったから、私の口からいうのもなんだけど、
父親には、自分の人生を生きて、幸せになってほしいって思ってるんだ。
自分の人生を生ききってほしい。

さてリチュアル最終日までちゃんと音楽のメッセージがあるのでしょうか。。。


最後までご覧いただきましてありがとうございました。
れいあ
Posted byれいあ