れいあ

DoingよりBeing ~ わたしとしての「あり方」を生きる

はい、れいあです。

わたしのセッションで一番大切にしていることは何か?といわれたら、

「在り方(Being)」

という一言につきるかもしれません。

自分というものを知り、どうありたいのか。
それはわたしの魂の成長とともに変化しています。

自分を愛しなさい

といっても、なかなか感覚としてわからないということはよくあることです。

自分を好きになることって
それをむつかしくさせていた環境にあるほどに感覚を得難いとは思うのだけど

自信がない、自己否定してしまう

というような問題の背後には

自己価値

についてがあることが多く、さらに追っていくと

自己尊厳

にいきつく(わたしがそうだった)


自己の尊厳と

「あり方」

というのは、わたしの中ではほぼ同義になる。

ハートだけではなく、魂だけでなく、
ハイヤーや自分というものすべて含めたものが、結果的に

「あり方」

につながるのだけど
これを認識できると世界の見方が変わってくる。
そしてそれはEnlightment(悟り)ともつながっているようにわたしは思ってる。

これに対し、旧約聖書の出エジプト記にある、十戒などの

「あってあるもの」

という表現がある。
この場合

YHVH(ヤハウェ =神)

をさすものである。

同じく出エジプト記に

“I Am that I Am"
(私は私である)

という言葉があるのだけど
それがいわゆるエネルギーすべてが自分自身であるという意味であり
カトリックでの「人間の尊厳」でもあり
仏教での「仏性」
にもあたるものである。

これをエネルギーシステムの見地からいえば
人間は地球の磁場と同じようになっていて
地球にN極とS極があるように人間にもこれがあって
これをトーラスエネルギーと呼ぶ。

これはいわゆるオーラとは違うのだけど
電磁場システムともいえる。
Energy-Anatomy.jpg
チャクラでいえば
第1と第7チャクラの関連性。
人間の体はリンゴの芯
トーラスはリンゴ本体
みたいな感じになってる。

トーラスは経絡とのつながりも大きく、
任脈と督脈の関連性みたいなものが電磁場になっている。



こんなことを書きたくなったのも
今日のセッションは、まさに
わたしがこれから行っていくであろうテーマでした。
お客様は今回が2回目。

最初、引き出された言葉として

「魂の目的に近づけるために好きなことをする」

と出てきたのですね。
話はSNSのことになり、

「いいね👍は自己価値になりうるのか」

という話になりました。

正直わたしは「いいね」の数を競い合うことはナンセンスだと考えるタイプであって
ある種の暴力性を感じてしまうのです。
マウンティングとかそういうたぐいの精神的暴力性ね。

そんなわけでわたしに限っていえば、SNSでの発信は控えています。
エネルギーの交流の場では、わたしはわたしを出せないと思うからです。
エネルギーの情報が、氾濫しているTLはわたしを疲れさせる。

そんなわけでお客さんから出てきた言葉は

「自分の価値は自分で認めればいい」

って、本当、それなw

自分の価値は自分で決めるものであって
誰かに決めてもらうものなんかじゃないんですよ。
その話がさきほどの

「あり方」

と関係してくるわけなのです。

そしてお客さんから次に出てきた言葉は

「どれが本当に大切なことなのか」

ということ。
その見極めです。

何が必要で、なにが必要でないか。
取捨選択とでもいうのでしょうか。
それはヒト・モノ・コト、すべてにおいてです。

よく断捨離っていうけど
モノを捨ててすっきりできても
肝心のエネルギーコードを捨てられていないケースも多々あるのです。
捨てるときにどんな意志をもって、どんなふうに意図して捨てるのかです。
ここでは書きませんが、その捨て方にもコツがあります。

余談ですが浄化にしたって
浄化グッズをいくら買い集めても
それに適した浄化法があり、
物を必ずしも使わなくてもよいのです。

わたしがスピリットに教わったことは

「浄化=塩 と考えるな。
塩で浄化することでとばっちりを受けることもあるぞ」

でした。

あくまでもわたしのメソッドですが
わたしは四大元素による浄化法をとっています。

土に帰る
風になる
水に戻る
火をあぶり浄化することで神に戻る

そんなふうに、それぞれ用途に適した浄化法があるのです。

セッションの話に戻ると

「表現することでかかわりを持つ人を増やす」

という言葉が出てきたのですが
これはその前のセッションでもそうでしたが
情報をアウトプットすること
がテーマにおかれたのですね。

今回は、どんな人たちにアウトプットしていきたいかになりました。

そしてこんな言葉が出てきました。

「自分が大事に想う人たちを増やしたい」

その根底にあったことは

DoingよりBeing 

それは

「本質で生きることで自分を輝かせること」

であり

「あり方」

がテーマとなってくるのです。

「れいあさんのところで悟りを開きたい」

とおっしゃるお客様が何名かおられます。

でも残念ながら、わたしは悟りを開くために生まれてきたわけではありません。
わたしはあくまでも自分の生き方を追求していきたい。
それが本質で生きることなのです。

悟りを開くことは、わたしにとっては本質で生きていくための手段にすぎません。
さらにいってしまえば
悟りを開くことをマウンティングに使うことはあってはならないと思っている。


地球上における「悟り」という発想は、わたしが思うには
地球をこじらせてしまった原因なんじゃないか(戦争とか)とすら思っているんです。
仏教的にいえばというかんじですが
キリスト教的に言えば「選民思想」のようにもとらえられます。
正直言ってアセンションって、わたしが思うには選民思想でしかないんですよ。

だって、宇宙的にみてそれが本当の愛なのか。。。ってことですよ。
かつてグローバルな地球意識でとらえていたことが
今度はユニバースの宇宙意識でとらえていく時代になっています。

霊的にあなたより上か下かは神様が決めること

だって思うのです。

だからわたしたちはかつての宗教が残したものをいかに、どんな視点で受け止めるかだと思っているのね。

わたしにとってみれば
覚醒するしないは眼中ないというか、古い考え方というか、
地球的な学びにすぎず、宇宙の学びではない気がしています。


ぶっちゃけ、言おう。
正直、これから先の生き方に「悟り」は必要ないって思っています。
地球のカルマをふやしていくだけじゃないかと思うんだ。
何を言いたいかって?
このような悟り&選民思想が闇の世界からきていることを伝えたいのさ。
そこにある太陽と思ってあがめていたものは
本当の太陽なのかってこと。
マインドコントロールなどの手口としてコールドリーディングの手法をいまだに使う宗教家や占い師は後を絶たない。

何度もいうけど、
いかに自分自身に正直に、素直に、本質に向き合って生きていけるのか。

そんな

あり方

をわたしは育てていきたい。

私自身だけでなく、大切な人たち、お客さんにも
自分の在り方で生き、
その個人に与えられしものを生かしていってほしい。

そう思うのでした。

自分の「あり方」で生きることってどんなことなのでしょうか?

きっとたぶん、アレだ。

人生と恋に落ちること

なんじゃないかな。
そんな気がしてる。

Life is a Dance!

なのです。


最後までご覧いただきありがとうございました。



れいあ
Posted byれいあ