Lighten Our Darkness -光の錬金術師れいあ

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自己制限と境界線

Posted by 光の錬金術師れいあ on  

はい、れいあです。

ちょっとこのところ、心がバタバタしていて
あまりブログを書いたり、ネットをする気持ちがありませんでした。

というのも実は、先日、父親が腰の手術を受けたのです。

わたしは性質上、物事をなんでも重く受け止めがち(とダウジングの東雲くんに指摘された)
頭では心配しても仕方ないことに心配してしまいます。

父親はもう20年以上も脊柱管狭窄症の痛みがありました。
わたしは整骨院でセッションをしているのですが
父親は整形外科しか信じないタイプの人です。
わたしはなにかしてあげたくても、
ホメオパシーもエッセンスも父親にはオカルトにすぎないため
実際にはやってあげられないことも多く
漢方を選んだこともありましたが、ちょっとそこまであわなかったみたいでした。

しかしわたしは父親がメスを入れることにすごい抵抗を感じました。
だけど、これも父の選んだ選択ということもわかっていました。
父のハイヤーセルフは手術を希望していて、
オーバーソウルは、手術を希望していませんでした。
ハイヤーは、個人の管轄ですから、やはり自らの体調をなんとかしたいのでしょう。
たとえ手術という形になっても。
一方のオーバーソウルは、一般的に集合意識の高次の自己なため、
自分もまわりも「みんなが幸せになれる道」を示すのね。
そんなとき、わたしや母など、まわりが
同じく集合意識や高次の導きをキャッチできていればスムーズにことがすすむイメージがあります。
しかし、そうでないと、ハイヤーセルフとオーバーソウルの意見が違うため
この次元においては、混乱に陥ってしまったり、自分を見失う感覚になることも。
そんなハイヤーセルフとオーバーソウルのギャップに悩むお客さんを何度もみてきました。

ハートでは○○したいと思い
ハイヤーでは(=魂が)**したい
オーバーソウルでは++したい

というかんじでバラバラになるときもあります。
わたしの錬金術のときもそうでした。

本当の自分てどこにいったの?
本当の自分はどこにあるの?

わたしのハイヤーセルフ、魂は音楽関係の仕事を望んでいました。(実際にやりましたが)
でもオーバーソウルは、宇宙の企画書的にはわたしにヒーリングや錬金術をさせたいと思っているようです。
こういうことも自分を知るというプロセスで起きてくることなのです。

父親が手術をはじめに決めたのは2016年12月のことでした。
わたしは反対というよりも仕方ないのかな・・という気持ちとショックのようなものを感じました。

2016年12月というと、わたしにとってはダウジングの東雲さんが赴任?してきたときでもありました。
彼が赴任して以来、わたしにとって、いろいろな奇跡がおきていきました。
いろいろなVisionが見えるようになってきたのも東雲に担当が変わってからでした。

2017年4月のこと、父親は手術はまだ様子見をする、最後の砦として、とある病院でなおしてもらおうと思う
という考えにかわっていきました。
そういってそこへ通い、一時期回復したのです。
でも「だましだまし」だったようで、劇的な回復はありませんでした。
これもまた

「本当の自分をだましながら生きてきたけど、もう逃れられない」

ということなのだろうかと思いました。
つまり自分と向き合わなければならないところまで追い詰められたとわたしは見ています。

手術室に運ばれる直前の父親の一言が

「もう逃げられない~~~~ッ!!」

でした。
父親は面白おかしく話そうとしたのかちょっと滑稽に表現していましたが
わたしはそういうメタファー(自分と向き合うことから逃げられない)としてもとらえていました。

脊柱管狭窄症とは、脊柱管を通る神経が圧迫される症状のことをいいます。
腰痛で有名ではありますが、頚椎や胸椎でも起こるらしいです。
神経の異常感覚が特徴です。
腰椎で起きる特徴のひとつとしてしびれがでてきて
間欠性跛行(かんけつせいはこう)という
少ししか歩けないというか歩いても休み休みというかんじになってくるのが脊柱管狭窄症の特徴。
さらに重症化すると排尿障害などが出るため、保存療法だけでは治りにくいところがあります。

わたしは心やスピリットの領域をメインに扱うため、どうしても物理的でない見方になりがち。
(逆に言えば心やスピリチュアルレベルのサイキック分野が得意というわけなのですが)

そういう面のみをみていくと、いろいろと思うことはあるのだけど
状況的にみて私自身をも試されている感覚にもなっています。

このいまの仕事を本当にやっていくの?という「本気を試されている」というかんじかな。

もちろん本気ですよ。
でもね。

本気の「つもり」

かもしれないじゃない・・・(弱気)

つまり、わたしは「本当にこの仕事を好きでしているのか」という以上に

「Mission」

という感覚が、ただ「すごく好き」という以上に、感じるものがあるのです。

「あなたは今の仕事をミッションとして、自分の役割として認識してますか?」

と問いただされている感覚なのです。
わかりやすく言うと

天に対してしっかりコミットメントができてますか?

と問いかけられている感覚です。

父は、しばらくその病院に通っていたのだけど今年3月に京都旅行へ行き、間欠性跛行が相当つらかったらしく
それから半月ちょっとした今年の4月にやはり手術をすると言ってきたのです。
しかも伝えてこられたのが福岡に旅行するときのタイミングに。

福岡はわたしの大好きなレン君やルイガンズがあり、いわば私の中の「喜び成分」そのもの。

今年の2月かな?このときは2日目レン君のいる大牟田に向かっている西鉄電車の中で
母親からメールがあったんですね。
母のおばあちゃんがインフルエンザになったので行ってきますという内容でした。
母親は、事後に説明やメールがあったり、だまっていることが多い人ですが
わたしが旅行中にこういうメールをするということは、よほどなにか大変なのかなと感じ
そのときは正直レン君にすごい集中できませんでした。
だけど、わたしはこのとき、祖母がよくなることを祈るしかなかった。
東京にいたら、かけつけることをした可能性もある。
しかし福岡にいたので自分でどうこうしようとコントロールができない状態でした。

手放して、委ねる

ということを感覚で覚えました。

自分を制限しているもの、
自由を遮るもの、
行く手を阻む障害が己の心にあること
そんな現実は自分でつくりだしていること
そのような状況を自分が引き寄せていること

わかっているのに、おとしこめていませんでした。

いつも旅行では、始発の電車より前のバスに乗るため
これまでは父親に最寄りのリムジンの駅まで送ってもらっていたのですが
4月は体調がつらいなら自分でなんとかするといっていたのですが、
旅行に行く車の中で

「今回が車で送る最後になると思うから、お前、頼むぞ」

といわれ、どすーーーーんと旅行に行く直前にきてしまったのですが
なんとかレン君やルイガンズに行くことで気持ちがあがってはきたものの
その「重さ」からわたしはずっと逃れられずにいる状態。

そんなときに母親に言われた言葉もリフレインして思い出すのです。
祖母の介護をしていたとき、父親が腰痛がつらいといっていたら母親がわたしに

「あなたお父さんにお世話になっているんだからね(だからお父さんになにかあったらあなたがやってね)」

といってきたの。

わたしは2006年から2012年まで介護をしてきたけど無職でした。
遊ぶこともしませんでした。
でもわたしは祖母といられる喜びだったり、
介護にヒーリングをいれて自分も癒してきた。

だけど正直いってわたしは人のための人生をずっと送ってきたことに
祖母が亡くなってようやく気づかされたのです。
だからこの先はわたしは自分のための人生を送りたいと決めたのです。

ずっと家での役割をこなして来たり、やってきた部分があったのですが、
正直もう家のことはやりたくないって思うようになっているんです。
わたしと弟とは離れて暮らしていますが
弟はまったくもって昔から家のことをしない状態だし
親はいつも長女であるわたしを頼りにしつつ、わたしのことは認めようとしない人でした。
承認欲求が昔は強かったんだよね、わたし。
でもみんな捨てました。
わたしは自分を認めることが一番大切だと気付いたからです。
これをするようになってから他者のことも認めるようになっていきました。
これもまた人との境界線を作る一つの要素でもあります。

わたしは祖母が亡くなり、自分の人生を生きることを考えるように、というよりもしたくなってから
いわゆる人との「境界線」バウンダリーがあまりないことに気づきました。
わたしの「親との境界線づくり」はそうしてスタートしました。
自分が自分であることの大切さは、そのあとずっと後で知るのですが
バウンダリーを明確にしていくということは

まず 「自分」 を知ること

がなにより大切だということに気づかされていったのです。

わたしとはなにか

わたしとはだれか

わたしはどんな人間なのか

わたしは何を思っているのだろうか

単純な作業のように思えるかもしれませんが
意外と自分のことって知らないもの。

自分を知ることで

自分は何が本当に好きなのか、

自分はどんなことをしたいのか

ということがだんだんわかってきます。
輪郭がクリアになっていきます。

いわゆる「バウンダリー」とはそのようにして作られていくのです。

いくらエッセンスを飲んでもアロマをやっても、
そのあたりに気づかない限り、バウンダリーがしっかりと作られにくくなるかも。

で、個人の問題にわたしは対処してきたので
次は集合意識のレベルとか家のレベルのことです。

Personal

から

TransPersonal

の領域になっていくのです。
つまり自分の根幹部分の癒しです。

繰り返すカルマ
家系・DNAの問題
文化や慣習、宗教、組織といった集合意識
ほかの惑星や銀河

これらは自分という存在の原型を作り上げるベースにある概念やパターンなどです。

つまりトランスパーソナルの領域への働きかけ、

個の領域を越えていくこと

が必要なのです。

父親が手術の日取りが決まり、わたしはつらい感覚が日々ありました。
だけど数年前なら、わたしは父親を嫌っていたのです。
そして父に対して感謝が純粋にできるようになっていた。
そんな矢先でもあったので
わたしのこのようなところにも「試されているな」という感じをうけるのです。
しかし東雲はいう。

(お父さんにマッサージもエッセンスもエネルギーヒーリングもしないでください)

わたしは東雲にいいました。

「ここまでいろいろ経験を積み重ねてきたのに
それをいまやらないでどうするの?
わたし後悔したくない!」

東雲は (でもだめです) という。
さらに!

(祈ることもだめです)

「えーーー?!
なんで!
よくなりますように、そんな
祈りすらなぜいけないのですか?」

でもこの答えがわかったのは手術の日でした。

(お父さんには、祈りではなく

大丈夫だと信じることをしてください)

と伝えてきました。

お父さんを信じることは、祈りより大切だというのです。


父親の手術はわたしは予想通りの時間でしたが
母親には予想以上でした。
わたしは4時間かかると思っていたんです、なぜだか。
一方で母親は2時間もかからないと思っていた。

わたしは手術室の前で、神に祈りました。
東雲には止められたけど・・・神に祈りました。

「お父さん、お願いだから、前より元気になって」

というと横から別の存在がきて

<それは無理だな>

などというのです。
わたしは

「お前らスピリットに決めさせられてたまるかってんだ!」

と思ったその瞬間・・・


___”家族” を 超えなさい


という感覚が。

わたしが「祈りを神に捧げる」ということは
この病院において手術を受けたり疾患で悲しい思いをしたり絶望に陥る

つらい思いをしているすべての人たちに祈りを神にささげなさい

という意味だったのです!

父親だけがよくなればいいという意味じゃないと伝えてきたのです。
「みんながよくなるために」祈ってほしかったそうなのです。

お父さん、だけでなく、
苦しんでいるすべての人たちに対し、わたしは祈りを捧げました。

このときわたしはシャーマニックな状態になっていて
手術室の前で神に祈りをささげました。

すると手術室が真っ白いまばゆい光でつつまれ、
その光が落ち着いたかなというちょうどそのとき
執刀医の先生が出てきたので、そのタイミングに驚きました。

ちょうど4時間たったときでもありました。

実は二名の執刀医の先生で行われた大手術だったのです。
インフォームドコンセントについてもしっかりと行われたようでしたが
手術が終わってからの説明をされたとき
わたしはひたすら先生に対して感謝の気持ちがあふれて泣いてしまいました。

ありがとう
ありがとう
ありがとう

わたしはずっと人を救いたいと思っていたことにも気づかされた。
でも身の回りの存在に

お前に人など救えない。

といわれました。

以前父親に、祖母の手術のときに言われた言葉にも近いものを感じました。
祖母の手術のとき、父親はこうわたしに言ったのです。

「お前になにができるんだ?
病院は完全看護だ。医者にまかせてりゃいいんだ」

わたしは、そういう問題じゃないんだ、気持ちの問題なんだといったんですが
今思えば祖母との魂のつながりのほうがわたしの両親とわたしとのつながりのほうが強いのをわかっているので
そのときそう思ったのだと思いました。
祖母の時は魂が引きちぎられるかのような絶望感と悲しみに襲われていたんです。
そのときとはちょっと感覚が楽?なので
わたしの成長もあり、なんかやはり違うのよね。


この手術が行われる前日
わたしは友人のセッションを受けました。
そしてわたしも友人のセッションをしたのですが
そのときふと友人からこんな一言があったんですね。

「だんなにこれは話さないようにと思ってる」

というので、なぜ?ときくと

「悲しませたくない」

と友人が話したときに、ショックを受けました。
わたしはこの感覚が正直わからなかったのです。
パートナーを悲しませたくない
という意味。

愛しているからこそ、悲しませたくない

という意味でそのことを受け取ったのですが
それが「真の愛」だよという意味のようでした。

そして手術が行われる直前、母親はどこかに行ってしまったのですが
父と二人になり、たわいもない話をしていたのですが、
明るくふるまう父親に対して
わたしに心配かけたり、悲しませたくないというのを感じ、

父の愛

みたいなものをすごく感じて、受け取ったのです。
父の愛って、宇宙の愛のような
懐の深さを感じるというか
なにもしないのだけど見守られているという深い安心感というか
生存、生きていてもいいこと、自分が深いレベルで受け入れてもらっているという安心感。
わたしに必要なのはこれなんだと思いながら。。

なにをしたわけでもされたわけでもなく
深いレベルでわたしは父親に癒されていることに気付いたのです。

だから手術後の執刀医の先生からのお話しがあったとき
いかに父親が

「悲しませたくないからこれまで痛みに耐えてきていわなかった」

ということが伝わってきて、

「だけど手術を選択せざるを得ないくらいにつらかった」

こともわかり、
父親に対して気づいてあげられなかったことへの懺悔というか
ごめんなさいの気持ちがすごくわいてきたのです。

そこまで我慢してきたんだね、がんばってきたんだね。
そんなふうな気持ちも同時にあり、
そんな父親の痛みに取り組んでいただいた先生お二人に
わたしは、ただ感謝しかありませんでした。

病室に戻り、すごくいたそうだったけど、
早く痛みがひいて元気になってほしいなと思いました。

今回わたくしごとではありますが
だからこそお客さんなどには一切話さなかったのですが
以上が近況報告になります。

父親が自分に向き合い、自分の本当の人生の喜びを見つけられますように、
また、

皆さまが、自分を知ることで、人生の喜びに生きられますように。


最後までご覧いただきありがとうございました。

光の錬金術師れいあ

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