気づきは 愛への みちしるべ

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光の錬金術師れいあ
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はい、れいあです。

1月下旬、東京に大雪が降った日、
このときのブログにちょっと書きましたが
このところわたしと父親の関係が変わりつつあります。

というより厳密にいえば
わたしの中でかわりつつあります
といったほうが近いかもしれない。

ここでもさんざん書いているように
わたしは父親からさんざん暴力をうけてきた経歴があります。
小さい頃からこれはずっとでしたが
20代になり両親と別々に生活をすることになり
しばらくして今度はわたしが祖母の介護をはじめるようになった。
そんなあるときサイキックな出来事が突如としてわたしをおそい
父親にサイキックな存在が乗り移り
父親から暴力を大人になってからも数回うけました。
それは8年前のことでした。

わたしの中でヒーリングをすすめてきていたので
かなり昔のころのネガティブな両親への気持ちはなくなってきていたのに
ネガティブなスピリットにより父親を通して
父からの暴力を再度受けることとなってしまいました。

うちの両親はすごい現実的かつ物質的なひとたちで
わたしが行うアロマはなんとかわかってくれますが
エッセンスなどの類は疑似科学というか
わたしをおかしくさせてしまっているものとしてとらえられているのです。
この「おかしい」とは現実的でないエネルギー的なことをわたしがいうときです。
ここに塩をまいたほうがいいとスピリットにいわれてやっただけで
頭が狂ってしまったといってくる人たちです。
でも考えようによってはわたしをグラウンディングさせるために必要な人たちなのかもとも思えます。

とにかくそんなわけで
2010年のことはインナーチャイルドは癒せてきたタイミングでの出来事でした。
父の再びの暴力は。
わたしとしては微妙な気持ちでした。
わたしを父親が殴る前、スピリットがこういってきたのです。

「一階のベッドで寝ているおばあちゃんを苦しめてやる」

そして一階にいくと祖母はすぐさまいきなりうなり声をあげて苦しみ始めました。
そのあと父親がわたしを殴るということを伝えてきました。
これまでそんなことなかったのになぜ?と思っていました。
「父親にこれから入るからな。見てろよ」
というスピリットの声が聞こえ、わたしはなにがいきなりおきたかわからないままにしていると
父親はいきなり大量にお酒を飲み始めた。
「なんだかむしゃくしゃする。飲むぞ」
といい飲んで少ししたら殴りかかってきた。
このとき目に見えない世界をよくわからなかったわたしは
いったいなにがどうなっているのかまったくわからずにいた。

結果スピリットがやったこととは頭ではわかっていても
父親がくると気持ち悪くなたり
まったく近寄れなくなったりが何年も続いてしまった。

わたしは再び癒さなければならなくなってしまった。
しかし昔とのわたしの違いは
いまはセッションを提供する身になったということだ。

どういうことかというと
これまで自分の心の不快な部分についてエッセンスをとっていく
ということをくりかえすだけだった。
カウンセリングをしていくことにより
自らのこともより深く知ることができるようになった。

わたしも苦しかったけど、大変だったけど
みんな大変な思いや苦しさを抱えていることを知っていった。

ああ、苦しいのはわたしだけじゃないんだ。
みんな苦しい。
ならばみんな同じようなことを人生で、それぞれに適したタイミングで学んでいくんだ
ならば、みんな一緒に幸せや喜びに自分を見出せるようになればいいよな
なんてふうに自然に考え、思うようになっていった。
これはわたしのセラピストとしてのプロセスにもなっていく。

しかし掘り下げるだけでは前にすすめない。
立ち上がり、前にすすんでいく勇気とエネルギーが必要になるときが訪れるのだ。

わたしはお客さんが、なかなか前にすすめないときも
根気強く見守っていくというスタンスをとっている。

話はそれたけど
そんなわけでやはり親の問題というのは
誰しもが多かれ少なかれ持ち合わせるもの。
親の問題はそのまま自分のパートナーシップの問題にもなることだし
同時に子供に対する問題、子供が抱いている問題にもつながっていく。
だから人生の、というか現世での根本的なものでもあったりする。

わたしももちろん持っている。
だけど、そんなものが変わりつつあったことに気づいたのが
雪の免許更新のブログに書いた内容だった。

雪が降りだし、わたしは、父親の身を案じていた。
そもそも免許更新をこの日に行くと決めたんだけど
前日に雪が降ることを天気予報できいたとき、父親に
雪の日と翌日は交通がマヒするしうちのほうのバスがとまることが多いから行け、と。

これまでうちの父親はわたしを制限することのほうが多かったのだ。
たとえばこの仕事をしはじめたとき、結構な雨がふるといわれてたときに
「大雨が降るのに仕事に行くのか」
と、わたしにとってはわけのわからないことを伝えてくる。
「お客さんがきてくれるかぎりわたしは行くの」
といって家を出る前にケンカというか
わたしが不機嫌になることが多かった。
つい先日もわたしがiPhone8に機種変更したときに、父親に伝えたら
「俺はアップルが嫌いだ!」
と(iPad使ってるのに・・・)とにかくうちは両親ともども
わたしがAというと同調することはまずなく否定や制限ばかりなので
本当にうんざりすることが多かった。

ノアの虹とアロマからのメッセージ 2018-01-20
http://funkysista.blog88.fc2.com/blog-entry-4010.html

ここで、アロマアルケミーのデモセッションにて
わたしは
「嵐のあとの虹
苦しみはもう終わった」

「神のメッセージ」

「約束と契約」

「天上の調べをきき、そこに虹を見出しなさい」

というメッセージがきて、

気付けば

「神様、ごめんなさい」

の言葉をひたすら唱えていた。

これはバーストラウマに関連したものだろうと思っていて
創造主への奉仕を嫌がるわたしのサポートスピリットの言葉のようにも感じられた。

わたしは昨年むかってきた

「生まれてきてごめんなさい」

から

「神様ごめんなさい」

になり、わたしは自分がこの地球に生まれてきたことを祝福しようとしていることに気づいた。

そして、わたしは父親に対する慈愛の気持ちを持てている自分に
免許更新のときに

「わたしはお父さんを守る」

という気持ちになっていたことに気づいた。

2010年の先ほどのサイキックな話だけど
ネガティブスピリットが祖母を苦しめてやるとでてきたとき
わたしは
「わたしはおばあちゃんを守る!」
と口に出していっていたのだ。
わたしはおばあちゃんだからこそ好きで、守るべき存在として認識してたけど
両親に対してはまったくそんな気持ちがなかった。
だけど、こう思うようになったのは
わたしの中では決して両親が年を取ったこととかじゃなくて
わたしのこころの中のプロセスとして流れるようになってきたような感覚なのだ。

昨年富岡八幡宮の事件があり、相撲界に激震が走り、
今年になって噴火で自衛隊の方が殉職し、自衛隊の事故が起き
わたしの中では集合意識的につながっておきているように思えてならなかった。
日本の結界が弱くなってきていることは近年感じていることだったけど
それが目に見えておきているような感覚なのだ。
まぁ結界云々いうとおかしいとおもわれてしまうかもだけど、
わたしは2010年に現れたスピリットが陰陽師関連らしく
このとき結界のはり方を特訓させられたのだ。
まぁ目に見えないスピリットに結界のはりかたをお前に教えるといわれ修行してるときに
いきなり母親が部屋に入ってきて
「頭おかしくなった」
なんて、正直言って、信じない人には、これを伝えても信じられないのは仕方ないことではあるけど・・・

でもそんな現実主義の父親に、
日本の結界についてが、とはいわなかったものの思うことを伝えると
タケミカヅチとタケミナカタの国譲りが、相撲の始まりであり、出雲が相撲の発祥の地である話をしはじめ、
日本の神様の話をしはじめたのだ。
うちの両親の新婚旅行先は出雲大社だったのは知っていたけど
わたしはまったく日本の神話というのが覚えられなくいたんだけど
こういう話を普通にし、そして世界的な神話の話しをしはじめ、
正直すごく驚いた。
わたしが生まれてきてこのかた、そんな父親を知らなかったし見たことがなかったからだ。
わたしは父親に対して初めて敬意みたいな感覚を持った。

わたしはよく
「尊敬する人はお父さんです」
っていう人がよくわからなくて
敬意とか尊敬という感覚ってわからないんだよね。
すごい人だなっていう人がいたとしても、尊敬する、とは別感覚で
そんなこんながなんか変わりつつあるのかなとも思った。

これらの出来事はエッセンスを昔つかったりはしていたけど
具体的にどんなヒーリングをしたというものではなくて
自分の心のプロセスをたどっていくと
自然と様々な気づきが得られるようになっていったというかんじ。

エッセンスは感情を助けてくれるし、気づきも与えやすいけれど
やはりうまくつかっていくためには
起きているプロセスをどのように扱うか、それともなにもしないか、
そんなことも含めてなにかが大きく、静かに変わりつつあるんだなと思った。

母親についてもまだあるし、ネガティブなものを感じやすいけど
母親はこういう細かい気遣いができる人なんだよなぁと
母親のよいところも少しずつ見れてきていて
そんな自分を客観的に見ると
なんだかやはりなにかが変わってきているなと思う。

気づくということは、自他ともに対しての愛を改めて感じることでもあるし
それによりこころの自然治癒力が発動して癒されていくのだなと思った出来事でした。

最後までご覧くださいましてありがとうございます。
光の錬金術師れいあ
Posted by光の錬金術師れいあ