れいあ

魂の美しさに気づいていける喜び

b929a8592dec40c10ca7d6f440da19cc.jpg

はい、れいあです。

マーラーのアダージェットを再びききました。
Gustav Mahler - Adagietto from 5th Symphony | Vienna Philharmonic, Leonard Bernstein


この曲はマーラーの交響曲第5番の第4章のもの。
交響曲第5番は葬送行進曲から始まる重いものが多い中、
この章は、マーラーが運命的な出会いをした
愛するアルマという女性へのメッセージといわれている。
1970年代、ベニスに死すの映画で使われたことでブームになったそうだが
ある意味、交響曲第5番の中では異質ともいえる。

曲をきくとわかると思うけど
切ないような不安定な感じの旋律から
甘美な美しさを奏でる構成になっている。
この不安定な感じの音は倚音(いおん)という非和声音で
不安定さを与えることで、葛藤や不安感などをあらわす作曲のテクニックだ。
そのあとに調律のとれた美しい音をもってくることで
切ない感じから美しい愛へ変わっていくような感じにさせていっています。

だからこそ、
なんで毎回こんなに感動するんだろう
と思うくらいに美しい想いにさせられるんですが、
マーラーのアダージェットは
なぜだか永遠をみせられる感覚になるんです。


完璧であることは永遠であり
永遠なるものは美しい

私たちは永遠なるものから生まれ
永遠なるものに導かれ
永遠なるものへとかえっていく


わたしにとっては、そんな気持ちにさせられる曲なんです。

わたしたちは永遠なるものから生み出されている

ということに、もっと気づいていきなさい


そう、旋律を通して、創造主からいわれている気持ちにさせられます。
わたしにとってのアダージェットは、そんなことに気づかされる曲です。

だから
本来わたしたちは完全なる存在なはずなのに
なぜみんなそこに目がいかないんだろう?

そんなふうに、歯がゆい気持ちになることもあります。
それがおそらく旋律では倚音を使った不安定な感覚になる部分です。

人間どうしても、いまあるものには満足せずに、
なにかで埋め合わせようとしてみたり
なにかでごまかしてみたり
逆にみるべきところを見ないように、麻痺させたりしてしまう。
確かに満足せずに常に追求していった結果の文明なのだとは思うのだけどね。
それは潜在的に人間には「完璧でない」という思いがそなわってしまったのだろうと思う。
神と切り離された感覚。
それが根源的な分離不安だ。

だけどもっと多くの人びとが
そんな一人一人の魂の輝きについて
まず自らの輝きに気づいていき
いずれ、だれかの魂の美しさに気づいていけるようになれたとき
おそらく世の中は真実の美しさで輝くのだと思う。

すべての人びとが、その人の魂の美しい部分で見られるようになり
自らの美しさを輝きとして表現できるのなら
世の中に不調和など生まれなくなる

とわたしは思ってるんだよね。
わたしにとって、ヒーリングがいらない世界になってほしいと願うのは、まさにそこで、
無理せず、自分は自分として安心して生きられるだけでなく
自分を表現できて
相手の魂の美しさで見ることができる
それが自己の本質で生きる世界だと思ってる。


この世の中にあるすべての不調和が
完全なる美しさに同調できたとき
真実の永遠が生まれる



そう、わたしは信じている。

わたしたちの地球において
人間が学ぶべきことはそこだと思うから。

宗教やあらゆる権力、暴力、争い、
そこから生まれる憎しみ、悲しみ、苦しみ。。。

わたしたちが自分の中にある真実に出会い
自分の輝きを知り、
自己の本質のままに生き、
人生を輝かせていけるとき
あらゆる不調和に愛を送ることができるようになると信じてやまない。

だからこそ、わたしの魂のミッションは
一人一人が本来の輝きに気づいていけるようになるサポートをしていくことなんだよな~と思いながら
わたしは日々を祈って生きていきたい。


最後までご覧いただきありがとうございます😊
れいあ
Posted byれいあ