Soul Therapist Leiya れいあ

Soul Therapist Leiya れいあ

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はい、れいあです。

「艱難辛苦 汝を玉にす」

という言葉をきいたことがありますか?

艱難辛苦 汝を玉にす
人間は苦労・困難を乗り越えることによってりっぱな人物になる。



という言葉になります。

艱難辛苦といえば・・・振り返れば、乗り越えてきたんだなあと思わさせられます。

2006年 祖母の妹1の逝去による相続を担当(前半)→祖母が手術。祖母が歩けなくなる(後半)
2007年 祖母の介護が本格的に始まる(2006年の秋から)
2008年 母親の手術と祖母の再手術が同じ週だった
2009年 母方祖父逝去。その後わたしが膝靭帯断裂。車いすの生活となる。
2010年 スピリチュアルエマージェンシー1回目。東京から神奈川の実家へ。
2011年 祖母の妹2逝去による相続。祖母の成年後見人。東日本大震災。スピリチュアルエマージェンシー2回目。祖母の再再入院。
2012年 祖母の死
2013年 父親が脳梗塞
2014年 スピリチュアルエマージェンシー3回目
2016-17年(現在も) スピリチュアルエマージェンシー4回目


みてると、わりと家族などにさいてきてました。

これ以前は2000年に交通事故と臨死体験のほか
2002年もちょっといろいろあったりして。。
思えばいろいろなことを経験し、感じてきたんだなと。

2010年からは、家族だけでなく
自らのスピリチュアルエマージェンシーで
いわば魔境の状態がスピリット的にたびたび訪れ
それをクリアするたびに変容がおきてきました。

肉体レベルでのいろいろなことは1900年代~2000年くらいまでに集中しておきてきて
それ以降過去10年の前半は自分よりも家族のことが中心、
それ以降はスピリチュアルレベルのいろいろなことというかんじです。
自分の目に見える範囲での苦労はさほど厭わなくなったいま
魂はスピリットレベルでの経験を求めているかのようです。

なぜわたしたちが肉体をもってこの世の中に生まれてきたのか。
それはやはり魂が「経験」を求めているから。

マインド、思考の部分では傷ついたハートを守るために
いろんな思い込みとなって鎧を作っていきます。
その鎧が結局は足かせになってしまうケースがほとんどではあるんだけど
そのときは必要だった鎧なのです。
でもいまとなっては鎧を着て歩くのが当然となってしまった。
そんなあたりまえの状態にいかに気づいていくのかが重要。
鎧がなんか重苦しく感じたり、きつく感じてしまう苦しさを覚えるようになっていたら
それはもう鎧を脱いだほうがいいよというサインです。

「艱難辛苦」は、
マインド、思考がハートをなんとかしてハートを守ろうとした結果、
何かの人、状況、自分に対する思い込みや概念、観念が自分をしばりつけ、そこに苦しみを感じてしまうもの。
「もう大丈夫だよ、手放しても安心できるからね」
のサインはハイヤーセルフが出します。
そこで手放したくなるような出来事が起きてきたりします。
無事手放すことができると、魂が成長します。

つまりどんな大きな艱難辛苦があっても、それを手放していかなければ
魂は成長していきません。
その手放すためのヒントを「気づき」という形でハイヤーセルフが与えてくれるのです。
ですから、ハイヤーセルフといかにつながり、気づきを得られるのかは大切なのです。
ひとつずつ手放し、自由に、軽くなることにより、ハートが喜ぶのです。

わたしはこれまで、少なくとも昨年までは
「苦労がないと成長できない」
というふうに魂が思っていたようです。
つまり苦しいことを自ら体験するように無意識で自分を苦しい状況に置くことで
これでもか!と苦しみを体験して
「これで成長できるぞ^^」
みたいなかんじ。。。

「人生は苦しみの連続である」
とよくいわれますが、わたしもずっとそう思っていた人です。
潜在意識はネガティブなインパクトほど記憶として残そうとします。
それは人類としての本能で人類が生き残るために、つまり危険を回避するためのものでもあります。
本当に人生は苦しみの連続なのでしょうか。
苦しみと感じているそれはマインドの思考がそうさせているのです。
苦しみとしている、その思い込みに気づいていけば、その経験は智慧となり
人生を生かしていくための豊かさにつなげていくことができます。

つらい経験は苦しみとして終わらせない。
そこには解放された自由な本来の喜びがあるのです。

いまわたしに必要なのは
「人生なんてそんなものさ」
「うまくいくわけないし」
と苦しみや挫折体験を当たり前のこととしてとらえることではなく
「人生って実はこんなに楽しかったんだね!」
という喜びや感動だったのです。

過去わたしは喜びや感動を味わってはきたけれど
この10年間におけるいろいろな出来事が
そんな楽しさ、喜び、感動を見失わさせてきたんですね。

「艱難辛苦 汝を玉にす」

その先には喜びがあるのです。
それはハートが求めているもの。

なぜわたしたちが肉体をもってこの世の中に生まれてきたのか。
それはハイヤーセルフがブループリントを実現させていくためなのです。
人間界に生まれたからの自己実現です。
ブループリントを実現することにより、人生の目的や役割を担っていることに気づかされます。
そのブループリントの実現の先には宇宙レベルの計画があります。
わたしたちが自らに与えられた役割を果たしていくことは宇宙レベルの計画を
自分と、そしてそれをサポートしてくれるスピリットすべてにおいて
遂行していくというものだったりするのです。
それはスピリットの喜びです。
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人間として生まれてきたからには、
肉体的な喜び、ハートの喜び、精神的な喜びも味わいつつ
スピリットの喜びも体験していきたいものですね。

すべての喜びのままにすすめていけますように。

最後までご覧いただきありがとうございました。