花魔女★れいあ

花魔女★れいあ

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はい、れいあです。

そういえば7月25日は13の月の暦の

「時間を外した日」

だったなと思った。

2000年代初頭のこと、
時間を外した日の祭りに友人がイベント出店するということもあり
当時自宅のある品川から学芸大学にあった友人の店まで歩いて行きかえりをし
夜通し飲みながら、この手の話とかをしていたなと懐かしく思った。

わたしは野外レイヴで90年代から遊んでたので
大自然の中で時間を過ごすのが好きだった。
エスニックの食べ物は味がきついものも多くて昔から苦手なんだけど
エスニック雑貨がわたしは大好きで
そういう系統のお店がフリマには多くて
それぞれの店を練り歩くのが趣味だったし、
実際そのエスニック雑貨の友人の店の手伝いを
イベントに行くということもあり、DJやオーガナイザーさんと親しくなれる機会でもあったので
よく顔を出していたっけ。

野外イベントでは、野外のため、雨が降るなどするとなかなかステージがうまくはこばない。
機材が壊れたりするのもしょっちゅうだ。
だけどわたしたちは音楽が大好きで踊ることも大好きなので
仲間どおしで話して、寒さに震えつつ、誰かの持ってきたシュラフを貸したりとか
そんなかんじのことをわたしは長年やってきてた。
テントの場所選びから設営からみんなでやっていくところからはじめるし。

だけどその中ではいろいろなことがあった。
とあるキャンプ場でのイベントでは悪天候のため
川に流されて亡くなった人もいた。
仲間や知り合いの死を通して、わたしたちは自然の恐ろしさを知り、
だけどそのあと雨上がりの空が美しかったり、
山がきれいだったり、大自然の中にいると怖いところもあるけど落ち着く。
夏は富士山のふもとでキャンプしにいったりしていたのだけど
朝の寒さと昼の暑さの差が激しいったらないんだよね。

自然てとても美しいのだけど、残酷でもある。
人々は昔から自然を怖がり、それは恐ろしいというものよりも
わたしたちが神に抱くような「畏怖の念」に近いような気もする。
感謝とともに、どこか恐ろしさを心のどこかで感じているとでもいうのかな。
よくスピリチュアル的に、神だ宇宙だというけど
わたしの中には畏怖の念がかなりあるんだよね。
スピリチュアル的にはとても愛にあふれていて、すべてを作りだしているもので。。とよくいうけど
恐れ多いというのが人間的にはあると思う。
わたしたちは自然の前には無力なんだ。
だけど発展とともに自然環境を破壊してきたのも人間なのだ。

昔の人は自然を生活の知恵とともに過ごしていた。
雨季があり乾季があるようなエリアだったら
天候や自然のサイクル(季節)は生きていくためには不可欠なものになる。
農業が特にだろうけど、いかに生きていくのかを見極めるのは自然のサイクルを知ることだったのだろう。

もちろんそれぞれの地域特性もあるから、エリアごとにこれらのサイクルは違う。
北半球と南半球もあるし。



先日、とあるセッションにおいて
ダウジングをしていたところ急にその方にお伝えするインスピレーションがきた。
それは・・
「どの暦で生きているのか」という認識をするようにということだった。
わたしにはわけがわからなかった。

きっかけはこうだ。
だんなさんのことで相談がありお話しをしていたのだけど
だんなさんと占星術のランキングを見ていたら
いつも占星術があたらないという。
その彼女はかつて西洋占星術を学んでいた。
しかしだんなさんはそれにどうしても当てはまらなかった。
そのほかの生年月日からわりだされたものを見ていても
どうもすべてにおいてしっくりこない。
しかしこれがそのセッションの最大のヒントでもあった。

暦というものは人間が生活を営むために創り出した知恵でもあるのだけど
これがモノサシとなっているというかんじのメッセージだった。

どの暦をつかい人生をいかに生きるか

ということをダウジングではいいたかったようだ。

つまりだんなさんは、どのモノサシ(暦)にもあてはめることのできない
本当に自由な人であることを知りなさいということだったようだ。

セッションの内容は、だんなさんはあと何年かしたら定年になるのを目の前に、
一方で仕事でやりたいことがたくさんあるのにできないかもしれないという不安があるようだった。

近年様々だけど
定年制度もある意味社会で生きる中でのモノサシ。

人生は、ある意味ものさしなんだよ。
最初からどんなモノサシかは決まっているのだろう。
だからその人により使う感覚的な暦が違うといってくるんだよね。

人間は生き物で、寿命があるのでいつか必ず肉体的に死を迎える。
でもその寿命というものもその人の健康的な心と体、精神も含んだトータルだったりもするのだけど
たとえば60歳で定年を迎えるのが日本企業の一般的なセオリーであるのだとすると
では、残りの人生をどうやって生きていくのかということにもならざるを得ない。

うちの父親が飲みながら時々こぼすことは、
「これまでずっと家のために働いてきて、退職したとたんに介護。
しかもいまは腰痛でつらくて体も思うように生きられない。
やりたいことすら思うようにできない。
そして男の平均寿命は78歳くらいだといわれたら
俺はあと何年生きられるのだろう。
もうお父さんはあまり生きられないんだ・・・」

そうやって嘆く姿を何度も見ている。
そんな悲観的な気持ちにとらわれた父親を
母親はいつもすごく嫌がり、避けるので
結果として、わたしが父親をなだめることもよくあった。
でも、本当は母親はそこから逃げて娘に押し付けずに父の話をきくのがパートナーシップなんだとわたしは思うので
最近は母に押し付けられる前にわたしが立ち去ることにしてるけど😑

テレビで平均寿命がのびたとか長寿のことをやるのを見ると疑問に思う。
平均年齢があがっても健康的に元気でいられなければ
生きていても楽しくないわけで
やはり健康寿命には心が関係してくるよね。
心と体は相関関係だから、
どちらも健康であるためにはどうすればよいのだろう。

話はそれてしまったけど
そんなふうに、そのだんなさんは現在50代中ほどなんだけど
定年まであと何年で、だけどやりたいことがありすぎて、
そんな中会社関連でのトラブルが相続いたらしく
その奥さんはすごくだんなさんの先行きを心配をしているというかんじだった。

ダウジングにおいてはこの二人はほかの人たちと違う暦で生きているということを伝えてきた。
わたしはまだわけがわからなかった。



こよみには暦法と紀年法(きねんぽう)がある。

紀年法は年数を数えるものや、即位などにより新しく元号が変わるもの、干支などの循環しているものがある。
だから紀年法は社会により様々あるんだよね。

一方暦法のほうはいまのグレゴリオ暦のように
太陽や月の運行がベースになっています。

太陰暦→イスラム
太陰太陽暦→東洋:中国 二十四節気七十二候
         西洋:バビロニア/ユダヤ/古代ギリシャ 黄道十二宮
太陽暦→シリウス暦(ソティス暦) 古代エジプト 紀元前4000年から シリウスの観測とナイル川の増水からの暦で生活していた
      ユリウス暦 カエサルがエジプトを征服し、古代ローマでエジプトの暦をベースに使うようになったのがきっかけ
      グレゴリオ暦 1582年2月24日、グレゴリウス13世によってグレゴリオ暦が発布されたが、改暦はローマ教皇の独断専行でニケーア公会議の決定に反するとしてプロテスタント地域を中心に、グレゴリオ暦をすぐには採用しない地域が多くあった。



ユリウス暦とグレゴリオ暦では月の運行は一切排除されているのが特徴です。
現在ユリウス暦を用いているのは、いまや正教会の一 部となっています。
ダウジングの存在はグリゴレオ暦でよいとしているのだけど
それは天文学的に優れた暦法だかららしい。

こんなふうにもともとは暦は農業など、自然とともにいかにいきていくのかがはじめにあったのだけど
それは地域などにより天候や地形など様々な条件による暦があった。
占星術などはもともとはそのようなところから生まれているからね。
しかし社会が成熟するにつれて、変わってきた。

例えば日本には日本書紀の
神武天皇即位紀元(皇紀)もある。
これは紀年法によるものだよね。

ダウジングによれば
意識的な暦は、その人の時間の感覚とすごく関係しているらしい。

だからこそ、潜在意識でのもとからの時間感覚は、どの暦で生きているのか
潜在意識の、それぞれの暦を知り、
顕在意識とのすりあわせをしていくことは大切なことらしい。

このもとからの、という意味は、わたしもよくわからなくて
生まれ持った。みたいなかんじかな。

また、体の生きている暦と頭の中の暦も違うとダウジングではいう。
頭はグリゴレオ暦で生きていても
体は宇宙のサイクルになっている、ということらしい。

最初は月のサイクルを意味したメッセージだと思っていたけど
どうやら、月より宇宙らしい。
厳密には太陽系のサイクルで人間は生きているとダウジングではでている。

暦は地球独自のものであり、
ダウジングの存在はヒントを色々出してくるのだけど、それは

わたしが受け取ったキーワードからみなさんも推理してみてね

地球

公転

歳差運動

三次元

ジャイロ効果

オイラー周期
※1736年にL.オイラーは地球を剛体と仮定し,地球の主慣性モーメントの数値を使って運動の周期305日を求めた。
地球は剛体ではないので実際に観測される周期は約430日。

Idω/dt=T
(→回転体の運動方程式=ω→角速度、T→トルク I→慣性モーメント)

太陽系

宇宙

輪廻


と伝えてきていて、もうわけがわからない。

わたしが感じたインスピレーションを伝えて、まあまああっていたらしきことは、

地球の歳差運動からうみだされた遠心力は
地球の引力を生み出している。



近年、時間が早くなる感覚についてと関係するらしく
それは宇宙レベルで早くなってきている。
しかし宇宙のスピードに、人間という肉体をもつため制限されるので
太陽系のこの位置に地球があるため
太陽系全体に地球は守られている



たしかにもともと、地球の公転周期で一年としているのは
太陽系の中の地球の公転周期であり、
他の惑星には他の公転周期がある。

ダウジングの存在が伝えているのは
地球の公転周期は3次元レベルの話であり
だからこそ頭で意識して過ごしているグリゴレオ暦は3次元の暦となり、
体の場合は太陽系らしく4次元の暦だと伝えてくる。

ちなみに魂レベルだと、これらは関係なく
つまり輪廻転生についての暦はない

肉体レベルでは太陽系の暦があり、
頭では、人間が決めた暦があり
魂は、人生でなにをなしとげたか
魂の目的みたいなものをしたか、
その魂が一定の学びをしたら、次のステージにいき、
ある程度の魂としての学びを終えたら
輪廻転生のない次元にいくかんじ。

ダウジングでさらに伝えてくるのは、
動物は、地球の公転に依存しているらしい。
一方人間は太陽系の暦で体は生きている。
頭はまた違う時間のサイクルがある。
それは体は潜在意識が支配しているかららしい。
頭は脳、というか大脳新皮質で時間を概念として捉えている。

ダウジングからのメッセージをまとめれば

地球は太陽系の物理法則の中にあって
太陽系を越えたところの物理法則にはまた別の法則がある

ゆえに、三次元の法則もあれば四次元の、五次元の
それぞれの法則がある


というかんじかな。

そんなわけでダウジングの存在が伝えてくるのは

「ひとりひとりの暦の”感覚”というのがある。
いまの自分の感覚にみあった暦を取り入れて生きていくのが
今の時代にふさわしい」

どうやらいまは存在レベルで感覚の暦が違うらしい。


わたしもセッションをしていて
ああ、時間がない
って時間に追われてしまいやすいけど
時間は時間として流れてはいる。
これはグリゴレオ暦だったり、時間を制限あるものとして
わたしの脳が捉えているからにすぎない。

ああ、あと3分しかない!
こんな短い時間じゃでてこない
そんなふうにわたしが頭では制限をもって捉えてしまっても
お客さんに起こる幸せをしっかりわたしが信じていたら
残り1分でもお客さんの、深い落とし所がみつかったりするのだなと最近わかるようになって。
それは、わたしがお客さんなら大丈夫と思う愛の気持ちだったり
宇宙を信頼していたり、
基本的にわたし自身を信頼することにより
このような時間の概念を超えた奇跡は起きる。
その奇跡こそが、過去でも未来でもない、
いま、この瞬間というものに
全てのエネルギーが注がれるように
宇宙レベルではできているのだなとも思うし、
いまこの瞬間は、時間の概念をも超越した
永遠でもあるのだなと思わせられる。


色々むつかしいメッセージがきているのを
お伝えするのがむつかしいですが
今日はこんなかんじで。


最後までご覧いただきありがとうございます。
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