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セッションの現場から ~ セカンダリ・ゲインとケアの本質

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はい、れいあです。

今回もセッションのシェアをしてくださるお客様のご厚意によりシェアさせていただきますね。

お客様は看護師をされてらっしゃいます。
わたしのお客様は看護師や介護士関係をはじめとした医療関係の方、
ヒーリングやセラピー関係の方がとても多いのです。

今回のお客様は訪問看護をされてらっしゃるのですが
ご自身のおばあちゃんのケガをきっかけにおばあちゃまの介護を最近されるようになったそうです。

わたしも介護をしていたとき訪問看護の方にはお世話になりました。
お客さんはやはり看護をされてらっしゃる方なので、そのあたりは手慣れてらっしゃるようなのですが
それがそれ以前のセッションでのことでした。
看護の結果、だいぶおばあちゃんは元気になり、もう大丈夫だよとおばあちゃんにいわれたそうなのですが
90歳以上で一人暮らしをされてらっしゃるそうなのです。
高齢の一人暮らしだから心配、とおっしゃっていました。

わたしは質問をしました。

「おばあちゃんに対してどんな手伝いをしたいと思いますか?」

ときくと、日常の身の回りのこととお客様は答えました。
しかしダウジングは反応が違いました。

”おばあちゃんには自分のことを自分でさせましょう”

ということがペンデュラムではでたのです。
そのことを話すと、お客様は、ご自身がされてらっしゃるおばあちゃんへのサポートについて

「おばぁちゃん自身の役割を奪っているのかな」

という言葉が出てきたのです。
それについてお話を掘り下げていきました。
すると

「自分が(おばぁちゃんを)心配だから、心配を解消するためにサポートをしているのかも」

という言葉の時Yesになりました。

「(そういう)自分の心配の解消としてサポートしたいという気持ちを我慢する」

という話になっていきました。
話は、お客さんが

「わたしの思う「その人のため」を押し付けてしまうような気がする」

に反応。
こういうことって子育てとかでもありそうですね。
今回の場合は「患者さんに対してはどうなのか」をきいてみました。

「患者さんが自己治癒力を自分のペースで出そうとする機会を奪っているんじゃないかな」

つまり自分の治癒力で患者さんは治ろうとしているのにもかかわらず
”必要以上の「治療」や「投薬」が、その患者さん自身の自己治癒力のペースを奪っている”
という見方を持っているということになっていきます。

しかしお客様としては様々な医療知識を知っているため
「少しでも患者さんが苦しい状態であることからなんとかしてあげたい!」
という気持ちでいっぱいなのです。
そんなとき、どうしても手を差し伸べたくなってしまうとおっしゃっておりました。

よく体調を悪くしたり症状として出ることは、そこに学びがあるといいますからね。

では、お客様にとってケアとはどんなことなのかをきいてみました。
すると

「その人の能力にあった やりたいことを引き出す。邪魔しない。」

という言葉が出てきました。

また、

「治療・薬がその人を苦しめている場合もある」

という言葉も出てきました。
これはいわゆる、「病気や症状が治ってしまうとよくない」と思っている患者さんがいるということ(疾病利得)になります。
つまり病気や症状、痛みがあることで何らかのメリットがある場合です。
当事者的には無意識からきているので否定するかもしれませんが、
根底にある問題に向き合って気づいていかない限り、症状が長続きしたり、別の痛みや病気となってきたりするのです。
これはいわゆるセカンダリゲインといわれているものにあたります。
プライマリゲインとセカンダリゲインについては以前も何度か書いたのですが
・Primary Gain<プライマリゲイン>(一次的利得)→問題に直面しなくていいため病気でいること(病名がついて安心するなど)
・Secondary Gain<セカンダリゲイン>(二次的利得)→病気になるとまわりが心配してくれると無意識で思ってしまい病気でいたほうが都合がよい場合のこと

お客様は

「症状があることも苦しいけど、それをストップするようなことも苦しい気がする」

「病気になりたい人たちも中にはいる」

とおっしゃっていました。

これは心のほうの問題になってくるわけです。
これは病気だけでなく、腰痛なども同じことが言えます。
物理的な問題はもちろんあるとは思うのですが
身体だけでなく心のほうのケアも必要ということですね。

お客さんは

「何歳であっても「わたしは大丈夫」であるところを自立させ、しっかり立たせてあげたい」

という気持ちがある一方で

「頼ってほしいという承認欲求が怖くなる」

という言葉に反応しました。

そして

「本当は(看護師さんなどが)必要なくなるのがいいのかな」

と。

つまり、看護師さんがもう必要ないというくらいに元気になってくれればいいのですが
別にそれをひっぱるような気持ちもあるようで、その気持ちのバランスのとり方についての話になっていきました。

セッションでは

「「余分なもの」を流すことをする」

という言葉が出ました。

この「余分なもの」とは「患者さんに評価されること」を意味します。
患者さんが、大丈夫になったよ!となるようになっていってほしい気持ちが強いため
病気でいたい人たちを見ていると、なんともいえない気持ちになるのでしょう。

では、なぜそのような気持ちになってしまうのかを見ていきました。
セッションでは

小さい頃「お母さんがいいと思ったものをいいと思うことがよい」と思う心のクセがついていったそうなんですね。
これは自分の価値観がどこにあるのか、という意味にもなります。
お客さんから

「自分の気持ちがわからなくなった」

という気持ちがあることが出てきました。

つまり自分としてではなく、他人目線というか
「他からどう思われるか」
という言葉が出てきました。

「患者さんの持つ最大限を引き出し、患者さんが看護師さんに依存しなくてもすむ状態」

をつくっていくにはどうしたらよいのでしょうか。

以前、これも何度かご紹介したのですが
ミルトン・メイヤロフの「ケアの本質 生きることの意味」が思い出されます。


メイヤロフの「ケアの本質」の内容的には

「私たちは、自己実現をはかるために、他者の自己実現をたすけようとするのではなく、
他者の自己実現をたすけることが、とりもなおさず私たちの自己実現につながるのである」

メイヤロフにおけるケアという意味あいは、
「他者の成長をさせること」で「自己の足りない部分に気づき」「自らも成長させていくこと」について書いてます。
「1人の人格をケアすることは、最も深い意味でその人が成長すること、自己実現を助けることである」
「他の人々にケアすることを通して、他の人に役立つことによって、ケアする人は、自分自身の生の真の意味を生きているのである」

なぜこの例を出したかというと、わたし自身のセッションのベースとなる部分でもあるからです。

わたしは、お客様のセッションでお客様の自己実現だったりとか、
自分の本質、真実である部分を見つめていくサポートをすることで
お客様自身がよりよく、生きていけることを手伝っていきたいと思っています。
しかしセラピストやヒーラーが、お客さまから別の視点だったり気づきを与えてもらっていることもあるのです。
そうやってセラピストやヒーラーは成長していくものなんだなという認識を持つようになりました。

看護師さんやセラピストやヒーラーは患者さんやクライアントさんの「受け皿」の部分も担っているような気がしています。
こちら側が「癒してあげる」「なおしてあげる」ではなく

「すべてを無条件で受けいれること」

をしていくこと、そうであるように心がけることにより、
患者さんやクライアントさんはその場所で安心して
「自分でいられる場所」を見つけ出し、
いわば「心のシェルター的な役割」もあるんじゃないかなと思うのです。
看護師さんやセラピスト、ヒーラーは、そのような場所を提供することによって
そこで患者さんやクライアントさんは安心して自分に向き合うことができ、はじめて気づいていけるのだとわたしは思っています。
安心してリラックスできる心のスペースがないと、なかなか気づきって生まれにくいものです。

しかし一方で患者さんやクライアントさんに「依存」させてしまうようなセラピストやヒーラーも中にはいるようです。
また、セラピストやヒーラー側が、セラピーやヒーリングに「依存」してしまうというケースも結構あることにも気づいていかなければなりません。
たとえば、わたしはフラワーエッセンスをメインとして活動をしているので
フラワーエッセンスには「依存」しないようにしています。
確かにフラワーエッセンスは大好きです。
でもそれとエッセンスに依存することとは違うのです。

わたしがカウンセリングにこだわるのは、
いずれフラワーエッセンスがなくても大丈夫な日が、クライアントさんに訪れてほしいという気持ちがあるからです。
フラワーエッセンスはあくまでもサポートなのです。
クライアントさんをエッセンスやサポートツール、セラピストやヒーラーに依存させてしまうのは、その人が本当によくなっていくのを阻止してしまうような気がしていて、何か違うと思っています。

「なにか苦しいことがあったらフラワーエッセンスがあるから大丈夫」

というスタンスは、わたしの目指しているセッションとはちょっと違うのです。

「フラワーエッセンスに助けてもらった。ありがとう。でももうなくても大丈夫!」

わたしはそこをめざしていきたい。

いつかセラピストやヒーラーという職業がなくなっても大丈夫なくらいに
その人その人が自分に対して安心や信頼の中で生きていくことができれば
それは過剰な恐れがなくなることにもつながっていき、
より自分に向き合うことで、自分の本質につながり、スムーズに自己実現ができるのではないかと思うのです。

でもなにかあった場合、どうすることもできないというときに
わたしのところにきていただければ、その状況をカウンセリングしていき、エッセンスを作ることはもちろんOKです。
クライアントさんが自分の足で立って歩いていってもらえるためにわたしがいる、という感じです。

だからこそわたし自身が
「フラワーエッセンスがあるからお客さんは大丈夫!」
とエッセンスに依存してしまう考えを持ってしまうのはなんか違うなと思っているのです。
それはわたしというセラピスト側がフラワーエッセンスに依存することになるからです。

フラワーエッセンスそのものには確かに依存性はありません。
でもこれはジェムなんかにもいえます。
「パワーストーンがわたしを守ってくれるから大丈夫」
という時期もあるかもしれませんが
「パワーストーンがなきゃわたしは守られていない」
という気持ちで持つなら、それは依存です。

こういう自然界のものってね、人間の心そのものがあらわれるのね。
だからそれを持つ人の心の扱い方には気を付けないといけないのです。
このことは魔女的経験からきているのですが

「自然界を扱う」

という魔術を行うスタンスの中で気づいていったことでもあります。

東洋医学的な陰陽五行の発想だと、わたしたちは自然の一部であるという認識なのですが
西洋占星術や魔術の四大元素の発想だと、錬金術的でもあるので「自然界を扱う」というスタンスであり
「自分そのものがそこにあらわれる」
のです。
だから東洋医学がいい、という話ではなく、
どのようなものもバランスであるということですね。

このようなお話しをちょっとしていくと、お客様はおっしゃいました。

「患者さんがわたしたちを必要としなくなることが願い」

このようにしてセッションは終わりました。

今回改めてわたし自身「原点回帰」というような内容でもありました。


最後までご覧いただきありがとうございました。

スピリチュアルヒーリングフラワーエッセンス

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