花魔女★れいあ

花魔女★れいあ

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はい、れいあです。

今日は上級編の「座位インディケーター」でした。
2年前に1キネ上級をすでに受けたけど、そのときは「なんとなく2軍」でそのままだったような気がしています。
いきなりどうやって座位インディケーターを教えるかといっても
とにかく人のを見てもいざ自分がMTとるとできないもので・・・
今回これをなんとかマスターしたかったんだけどね。

これはね、受講生のみなさんに最後にシェアしていったことなんですが
ずーーっとわたしの中で疑問があったの。

正直いってキネシオロジー、勉強してきていると思う。
TFHもレベル2までやった。
だけど自分の中で、なかなかゴーサインが出ないのです。
何に?って・・・

「わたしはキネシオロジストです」

わたしは自分をそう呼べない。
おそらく、そう筋反射できいたら絶対オフになると思う。
勉強してるし再受講もしてる。
だけど確信が持てない。
疑問はつのるばかり。
だから今再受講をまたしてるわけだけど。

キネシオロジスト

そう名乗れない。自信がないから。
結構そう名乗って活動してる人は
どんなタイミングで自分にGoサインを出しているのだろう?

わたしはアロマセラピストだ。

これもね、いろいろな弊害がある。
それは団体的な弊害があるのね。

具体的にはアロマアドバイザーです。
だけどわたしがアドバイザー資格をとったのって2002年のことであり、
15年前の資格なんです。
この間に団体名も変わりました。
内容も今の試験は環境問題についてがプラスされています。

アロマセラピストを名乗るとき、
それは一定の団体に身を置き、そこに入会金と年会費を払って
ようやく資格名を名乗れます。

わたしは長くこのような制度に対してずーーーっと疑問がありました。
資格のために試験を受ける。講座を受ける。
それは確かに一定の時間数は学習している、知識があるというモノサシにはなると思う。
だけど、プロフィールで様々な資格を書いてらっしゃる方も多いけど、
どこまでそれを実践につかえているのだろう?

わたしがフラワーエッセンスのプラクティショナーをはじめたとき
わたしはその名に恥じるようなセッションはしたくなかった。
初心者ではあるけど全力を尽くそうと思ってセッションを重ねていった。

その結果、お客さんに学ぶことのほうが多かった。
確かに講習で学ぶこともたくさんあるけど
わたしはセッションを実際にやっていくことで
お客さんから様々な情報をいただくことで気づかされるというかんじだ。

そんなセッションをくりかえしていくと、
肩書ってなんだろうな~って思ってしまう。

そしてキネシオロジーをひととおり履修科目を終えたとき、思った。
修了書を手に取り・・・

「わたしはキネシオロジスト、ってことになるのだろうか?」

という疑問。

わたしはそれを認めたくなかったんだ。
だってとうてい実践で使えるようなものでないことくらい自分ではわかってるから。

わたしは自分に納得がいかない限り、実践で使えるようなものになれなければ
おそらくずっと「キネシオロジスト」と名乗ることはないだろう。
肩書は記号でしかないんだよね。
・・・なーんていって決まるのは、本当にできる人が言えば、の話なんだけど。

セラピストとかヒーラーとかって言葉は非常にあいまいだ。

「わたしも今日からセラピスト♪」

そーだねー(棒

じゃぁ、わたしはいつからセラピストなんだ?

これにはわたしのある種のテーマがある。
もしこの書かれたものに嫌な気持ちになっちゃった方がいたらごめん。
悪気はないぞww
でも正直なわたしの気持ちでもある。

わたしは正直ヒーラーって呼ばれることに非常に抵抗を感じている。
ヒーラーって言葉にうさん臭さを感じてるんだよねw
それ自体がわたしの思い込みなんだけど。

わたしの根本の考えは

「人は誰しもヒーラーである」

っていう思想みたいなのがあるんだ。

だからたとえそれが小さい子だったとしてもね、
癒しのヒーラーだったりするわけだよ。
だからわたしはヒーラーを名乗って活動することに違和感を感じてならない。
だからこそ「職業ヒーラー」なんていう言い方になってしまう。

そもそも誰かを「癒す」のではなく
「癒しのサポートをする」ものだと思っている。
だけどゆくゆくは、そこに存在するだけでまわりが癒されていくようになっていきたい。

ヒーリングや癒しって

「なんとなく癒されたかんじがする」

っていうものでないとわたしは思っています。

「癒された気になっただけ」とか
「癒したつもり」というのは
単なる自己満足のヒーリングごっこにすぎないと考えているからです。

少なくとも、ヒーラーを目指しプロとしてやっていくのであれば、
「ヒーリングごっこ」はするな!と思っている。
それはクライアントさんに対して失礼になるから。

今日座位インデイケーターを行っていたとき
わたしが筋反射をとるほうだったけど
違う方面になんだか話がいってしまったときに
慶太さんがきて
「手の位置、もうちょっと。。19ミリ下」
といってきたの。
そ、そ、そんなにずれてたんだ!と思ったのだけど
クライアント側の受講生さんが
「もう一度取り直してみる?」
ときいてやっていったら全く違う方面だったとわかった。

怖いなぁ。。。。って思ったよ。
だって、ちょっとの筋反射の間違いで、まったく違う掘り下げをすることになるだなんて
それがその人の人生に深く大きくかかわるようなものであればあるほど
より繊細に見ていけるようになっていなければと思わされたし、
セラピストサイドは本当技術のブラッシュアップが必要と感じた。
クライアントの人生に影響を与えているであろうことも考えればわかるはず。
だからこその練習であり、訓練なのです。

そんなこんなをすごい考えさせられました。

だけどこれがクライアントさんに奇跡や変化が起きて
すごく明るく軽く以前より生きて、幸せを前よりもっと感じることができたなら・・・

講習が始まったとき、最初にもこの間に何があったのかをみなさんシェアしていったのだけど
この間に結構慶太さんのセッションを受けられた方が多くてね、
こんなふうになってうれしかったとか、こんなふうに変わってびっくりしたなど、
そういう喜びの声を聴いていたら、涙が出てきちゃってね。

どうやら、霊関係のセッションが多かったみたいなのだけど
あとで懇親会のとき慶太さんにお聞きした。
「やっぱり霊さんは白い光に送っているんですか?」
と聞くと
「ちゃんと送ってるよ」
とのこと。
その霊に対して、ちゃんと、所在をはっきりさせて、
どこに戻ったらよいのかをちゃんとナビゲートすることで帰してあげなきゃね。

で、シェアなんだけど、いざ私の番になったら・・・
なんていうかこの気持ちを一言でいうのであれば

「祝福」

これにつきるんです。

みんなが前よりも解放できて、進んでいける、その喜びを感じている。
前よりずっと幸せな気持ちがふえている。
あったかい気持ちでいる時間が増えている。

わたしのセッションでこういう声がきけたら一番なのですが(^^)
わたしのセッションではない、慶太さんのセッションの感想を聞いていて
祝福を送りたい気持ちがすごくしてきて、それがなんともうれしくて。
みんなの基礎編の初日のエネルギー的なものを体感しているので
この変化、なんなの?ってかんじで。
自分がセッションを受けたときのように、
自分がセッションをし、お客さんが元気になって希望に満ちて帰っていったときのように
まるでわたしに起きたことのように、すごくうれしかったんだ。
なんていうかスピ的にいえば「ワンネス」の感覚なのです。

わたしもこういうセッションをしていけるようになりたい。
いつか慶太さんを越えてやる!!(野望w)
そんなふうに思うと、本当に、なにもかも素晴らしく感じてくるというかね。

慶太さんもいろいろなことがあって、それを常に乗り越えてきた方だから
余計に勇気が出てくるんだよね。

もう大丈夫だよ

って思うのかな。

だから慶太さん含め、スタッフの方々含め、受講生さんすべて含め
みんなが今よりずっとずっと幸せになっていってほしい
そんな気持ちが強くわいてくると、涙がとまらなくなってしまうんだよね。
ああ、これが愛なんだな・・・っていうか、
なんかすごく幸せな気持ちになるというか、
みんなが幸せになっていくのが、幸せっていうか。

やっぱり適切な言葉を一つ見つけるなら「祝福」であり「愛」が妥当なんだよね。
言葉で書くと癒しとか、愛とか、チープになっちゃいそうだから
癒しも愛もすべて「体験」してこそわかることなんだよね。

この感覚って、セッションをやっていかなければわからない感覚でもあるんだよ。
本当にみんな、幸せになってほしいっていう祈りがセッションのベースにある。

だからね、セッションやることってわたし、すごく楽しいの。大好きなの。

真実に生きる人たちが
今よりもっと増えていきますように

自分に向き合う人たちが
今よりずっと幸せになりますように



今日は慶太さんの息子君と奥様がいらっしゃいました。
そして懇親会があり、息子君と奥様と同席させていただきました。

とにかくね、わたし、実は慶太さんの息子さんと同じ誕生日なんですよ。
さらにわたしの名前、慶太さんの奥様と同じ名前で漢字も一緒なんですね。
なんていうかいろんな偶然があるんですよね。不思議なくらい。

さて、明日は最終日です。

ああん、また、泣いちゃうんだろうなぁwww


最後までご覧いただきありがとうございました!
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