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レイキとフラワーエッセンスに思う「目に見えない世界を扱う」ということ

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はい、れいあです。

3月よりレイキの再受講を1stから受けていたのですが
このたびようやく3rdまでの再受講が終了しました。

お客さんでも身の回りでも、レイキを伝授してもらった人は結構多い。
わたしが10年以上前にコルテフラワーエッセンスを受講したとき
靈氣をやっていた人は50名以上のクラスの中で、たった2人くらいでした。
それを思うとこの10年でどれだけヒーリングがより身近なものになっていった人が増えているのかを考えると
とても感慨深いものがあります。

今日は、そんなわたしと靈氣との出会いなども含めてお話ししていきますね。

わたしはエネルギーワークを時々行ってきましたが
エネルギーワークは基本的に高次元ワークの分類になるものに該当します。
一方レイキヒーリングはどちらかといえば3次元4次元のレベルのエネルギーです。

エネルギーを扱うときは、その人に求められている「次元」に応じていく必要があります。
しかし高い次元だからといっていいというわけではありません。
高い次元を扱えるから偉いなんてこともないです。
でも低い波動に身を置き続けていると、高い次元にアクセスすることはむつかしいです。
普段から自分を見つめ高い次元も含んだ意識にあれば
様々な次元に対応していくことが可能になっていきます。

一番多いのはやはり四次元。
四次元のレベルをいかに扱っていけるかになります。
四次元は様々な感情がうずまく世界です。
目には見えないだけで、日常生活でわたしたちは四次元の世界にも同時に生きているのです。
それは人間は多次元を生きているからにほかなりません。

靈氣が三・四次元のエネルギーというのは、
次元階層を含めて、つくられた当時はそれ以上の次元に対する理解が今ほどなかったからだと思われます。
戦前でもある当時は四次元を扱うことでも、よりよい生活が送れたりしていたのです。
しかし時代の流れにより価値観も常識も変わることで、問題となる感情も感覚も複雑化していきました。

もともとわたしたちは癒しのチカラを誰しもが持っています。
とても体調がつらいというとき、誰かが手を握ってくれたりするだけで安心したりしたことはありませんか?
それが人の癒しのチカラなのです。

以前も書いたけれど、レイキという名前でシステム化され日本に逆輸入され広まったわけですが
レイキの考えは禅に基づいています。
しかしレイキは戦前に生まれたシステムであり、
人間の社会的を含んだ環境ががらりとかわってしまっています。
そういう時代にレイキヒーリングは本当に必要なのだろうかという意見もあるかもしれません。

わたしはレイキについては精神性を重んじています。
これについては後で書きますが
いま普及している逆輸入のレイキはシステマティックになっており
誰しもがこれを習得することができる反面、
その精神性についてはないがしろにされてしまいがちです。

靈氣の先生にこれを話したら
「いまどきそういうふうに言う人はめずらしい」
「ヒーリングに対してストイックな考え方をしてる」
といわれましたけど
わたしは目に見えない世界だからこその精神性だと思うのです。
中には1日で3rdまで習得できたり、
または粗悪なエネルギーであるケースもあるようです。
目に見えない世界を扱う人たちこそが自らの精神性を磨くことが大切だとわたしは思っているし
それが古い考えだとされるのはいまのヒーリングが巨大ビジネス市場になってしまっているからなのでは?
と思うことが多いんです。

わたしは、ちょっとなんとかしたいとは思っているのだけど
ヒーリングに対する精神性へのこだわりが強すぎるというか、厳しすぎるところがあるんだよね。
でもね、本当にこれは何度でもいいたいんだよね。

目に見えない世界だからこそ気を付けろ!!

っていう概念がすごくある。
ヒーリングってさ、どうしてもふわふわしてるような、あたたかくて、いい気持ちになれる
そんなようなイメージが先行していることが多いかもしれないけど
目に見えない世界だからこそ、なぁなぁにしてしまうような、ごまかしている部分て多いような気がするんだよね。
それってどうよ???
ってすごく思うわけ(けんか腰というわけじゃないんだけど熱くなってしまうのです、はいw)
でもまぁ、この考えというかこだわりも、わたしの成長に応じて変わってくるかと思うので、
目をつぶってやっておくんなせぇw

そしてそれはわたしのフラワーエッセンスに対する考え方や思いにも通じています。
バッチフラワーレメディはホメオパシー医でもあったバッチ博士が生み出したものです。
当初人間のネガティブ感情は38種類ということで開発されてきたわけですが
時代がすすむにつれ人間の抱える感情が実に多角的かつ多次元にわたるようになりました。

フラワーエッセンスを扱うわたしがこういうのはどうかとも思うのですが
やはりバッチフラワーはフラワーエッセンスの中でもかなりクラシカルな分類だと感じるの。
確かに基本なのだけど、今の時代にぴったりするものかといったら、ちょっと違う部分がある気がすることも否めない。
だけどそれは様々なフラワーエッセンスに触れたりとったりしたことのある人ならなんとなくわかるかもしれません。
実践としてわたしはバッチフラワーレメディをセッションに使っていくことはありません。
厳密にいえば、持っているのですが必要性がなくなってきているというか
他のよいエッセンスがあればそちらを使うので、気づけば使わなくなっていったから。
これはね、時代の流れだと思うんです。
他にあったものでよいものがあればそちらを選ぶ。
でもフラワーエッセンスを学ぼうというときにクラシックな原型なのでバッチから学ぶことはたくさんありますよ。
レイキもこれとまったく同じでエネルギーワークやヒーリングとしてはクラシカルな方法だと思います。

ちなみにフラワーエッセンスのほうがエネルギーワークよりも安全に使っていけます。
なぜならば、エネルギーが物質で安定化されているからです。
ジェムもそうですが、エッセンスも「活性化」されているかどうかということが大切です。
こういう話はあまりする機会がなかったけど、レイキのお話しついでにしておきますね。
ジェムも使っていないと眠る感じなんですよね。
そしてエッセンスもそれは同じこと。
だけどそれらはやはり環境(場のエネルギー)によっても左右されてくるのです。
いくら使っていなくても、場のエネルギーがよくないと消耗してしまいます。
ジェムもフラワーエッセンスも自然界のものなので、それを持つ人もまたエネルギーなのでこれに左右されやすいのです。


わたしはレイキ伝授をはじめて受けたのは遠隔伝授でした。
段階を追ってティーチャーまで受けたのですがティーチャーを受けたとき疑問に思ったのです。
「わたしは別にティーチャーとしての肩書がほしいわけではないな」と。
ではなぜわたしはティーチャーまで進んだのだろうと。
レイキについては本などでいろいろ学んだけれど、どれもこれもいまいちしっくりこなかったのです。
テクニックや歴史について書いてある本は多いです。
だけどわたしの求めるのはそこではなかった。
再受講をなぜか受けたくなり、その理由を自分に問いかけ続けていました。
靈氣はヒーリングの基本的な精神性がそこにあると思っていたのだなと3rdが終わって感じるようになりました。

疑い深いわたしは、失礼ながら、レイキを教える側がどこまでエネルギーの世界について理解しているのか疑問に思うこともあったのです。
そして正直これはフラワーエッセンスについても同じことを思っています。
フラワーエッセンスというものも、エネルギーそのものだからです。
だからこそ、わたしはフラワーエッセンスをセッションにとりいれるのであれば
エネルギーの世界について、さらに学びを深める必要性を感じていたのです。
仕事としてエネルギーを扱うのであれば、生半可な気持ちでエネルギーを扱いたくなかったんですね。
エッセンスはエネルギー体をサポートしてくれる自然界の贈り物です。

しかしエッセンスについても学ぶと、エッセンスを使ったテクニックだとかカウンセリング方法などがメインになります。
でもこれは仕方がないことかもしれません。
ニーズはどうしてもテクニックや意味などになってくるかと思うからです。
どうやってエッセンスが作られたのかなど、その学びはとても実践的で楽しいですし。
でも、これをいざ仕事にしていこうとするときは、
ヒーラーとしての「在り方」が個性になってくる部分だと思っています。
だからこそ、ヒーラーやセラピーを仕事としてやっていくのであれば、
セラピストとしてヒーラーとしての自分の精神性を磨いていくことは大切だとわたしは思います。

こんなふうにフラワーエッセンスがよいと感じて、生活にとりいれ、広めたいと思った当初と現在とでは
いまのわたしはフラワーエッセンスに対する立ち位置も、意識の在り方も違ってきました。

目に見えない世界だからこそ、大切にしなくてはならないものがあります。
特にヒーリングというのは感情、とくにトラウマなどを含む人の闇に光を照らす性質をもっています。
しかし感情も感覚も目には見えないものです。
潜在意識にしまわれた情報をいかに出していけるかはセラピストやヒーラーの経験や技量になっていきます。

どの時代も問題になりやすいテーマというものがあります。
でも人間の意識の在り方というものは時代と共に変化しているのです。

バッチフラワーはクラシカルなエッセンスであるという意味は
1920年代の人間の意識の在り方と100年近いあとのいまのわたしたちの意識の在り方ではまったく違ってきます。
様々なエッセンスが生まれているということは価値観も感情も感覚もすべてが多様化しているということの現れなのです。
バッチは確かによいものだし、博士も偉大だと思っています。
花による感情についてを体系化してまとめるって本当にすごいなと思っています。
でももしいまバッチ博士がいるとしたら、もっと違うエッセンスを作っていただろうなとも思うんですよ。
レイキとて同じこと。
戦前の時代と今とでは、ヒーリング、癒し、スピリチュアリティに対するとらえ方が違っています。
レイキもバッチフラワーも「入口」というか、とっかかり的な位置づけだと思います。
だけどレイキの場合、単にシンボルやマントラでエネルギーが使えるだけでない、精神性があるというか
そのあたりは修行的になってきてしまうかもしれませんけど・・・


わたしがはじめて遠隔でレイキの伝授を受けたときは
介護をしていた祖母に対して簡単にヒーリングを施したいという気持ちだけでした。
レイキ伝授を受けたときのわたしは本当にスピリチュアルに対し、ヒーリングに対し、無知でした。
だからわたしは靈氣を学ぶにつれ、もっとその精神性を理解し、深めたいと思ったのです。

いまから7年前。
祖母を病院に連れて行ったのですが祖母には薬を出されることはありませんでした。
そのときわたしは医療の限界を感じてしまったのでした。
「高齢だから薬は出せません」といわれました。

祖母は今から11年前になりますが、転倒し大たい骨を骨折し、即入院、手術となりました。
しかし前にも書いたけどその入院の間、認知症を発症し、そのときは話がかみあわないなという程度でした。
病院では当時から高齢だったので手術のリスクを医師から話されたのですが、
「片方足を骨折した人は必ずまたいつか反対の足も手術します」
といわれました。
これは今思えばわたしの呪縛にもなっていきました。
そしてその1年半後、医師の言う通りに反対側を骨折し、祖母は手術となりました。
前より年齢も重ねたこともあり、さらにリスクは高くなり、
今度はリハビリもまともにできなくなりました。
しかし「外科では手術そのものは成功しています」という。
合併症などを併発してもそれは手術はあくまでも外科手術なので、ということになります。
いろいろ病院事情を介護を通じて知っていったので
なんとなくわかってはいたのだけど・・・
でも、二度目の手術のとき、祖母は腓骨神経麻痺により運動機能が回復しなくなったといわれました。
このときまだわたしは一人で介護をしていました。
わたし、どうしたらいいんだろう・・・と途方にくれました。
入院期間は限られてくるので出されるわけですが、頼み込んで、いさせてもらいました。
だけど、それは祖母の認知症をさらに悪化させてしまう原因にもなっていきました。
介護をしているときわたしは常に葛藤の中でさいなまれることが多かった。
だからわたしはわたしができうるすべてのことをやり、後悔はしないと決めていました。
しかしね、事情をわかりつつも、医療に対する不信感、医療改革での病院経営に対して変えていく政治への不信感、
こんなものがたまっていったんですね。
なにより医師には「高齢だから仕方ない」といわれても
目の前で苦しむ祖母を放っておくことができなかった。
私を呼び、痛い、苦しいと訴える祖母に、わたしは何もできないもどかしさや無力感を感じていた。
だからわたしはアロマを使った足浴、手浴やハーブ、オーラソーマ、フラワーエッセンス、ホメオパシーを介護に取り入れ、
レイキを遠隔でできることを知り、受けた。
少しでも苦しみを和らげてあげたかったのです。

レイキ3rdのマスターシンボル。
これは「個を超越した世界とのつながり」を意味します。
わたしはエネルギーの世界を深く知ってから、目に見えない世界を理解し、
そのうえでヒーリングというものをしていきたかった。
わたしはトランスパーソナル心理学でいうところのスピリチュアルエマージェンシーを何度も経験しているので
エネルギーの世界が、甘いものだけではないことを経験で知っています。

目に見えない世界っていうのは、自分の在り方だとか、状況が反映される因果の世界なんだよね。
仏教的に言えば「因果」であり「縁起」なんだと思う。
原因があって結果があり、目の前にある出来事は自分の心の中の世界でもあるということ。
そして同じエネルギーを持つ者同志は引き寄せあうということ。

今回レイキを再び学ぶことによりエネルギーの世界やヒーリングの本質の原点にかえることができた。
日本では「華道」「茶道」「柔道」みたいに「○○道」ということで精神性が中に組み込まれているというか、
レイキもある意味「靈氣道」みたいな感じで一定の精神性があると感じるのは
おそらくは禅から生まれたものだからだと思う。
だけど靈氣がシステム化され、平等に広まることで世の中に広まったのはよかったけど
一方でその精神性が失われてしまっているかんじがする。

ただ手をあてるだけ

確かにそうだ。

そこに自分を入れないとか、それはそうなんだけど
そのバックにあるものを知ることにより、より理解を深めることで
靈氣本来の「安心立命」が成り立つのではないかと。

高次元とつながることもいいのだけど
いまのわたしに必要なのは3次元のチカラなんだ。
この時代に、この場所に生まれてきたということ。
それを知り、そんな人生を歩んでくこと。自分を生きていくこと。

精神世界を見てきて、わたしは自分の在り方について学んできて
そしてまたスタート地点に戻ってきた感じがしている。

この地球に人間として生きるよろこびという意味をもっと深めていきたいと感じた。

わたしは「闇」の部分が深い人間だって思ってる。
だけどそれを乗り越えようと自然界に助けられたからこそいまの私がいる。
それを乗り越えるため自分をより深めていったけれど、そこにあったのは自然界の叡智でもあった。

わたしは人間として生きてきて、自然と共に、ある。
そして、いま、わたしにできることは、これまでの経験を踏まえて、
セッションなどを通して一人でも多くの人を目覚めさせていくことなのではないかと感じ始めている。

「自分を生ききる」ということに目覚めていくことで、自立した人生を送ってもらうこと。
悟りとかそういうものは、自分を磨いていけば、自分の御霊磨きにみあった分あとからついてくるものだと思う。
だからこそ、わたしはこの先、もっと自分の喜びや楽しさを多く感じ、
もっと感動をしたり、感動を与えたり、そんなふうな生き方ができたらいいなと思う。

3rdまで終えて、レイキをこの先どう使っていきたいのかという話になっていきました。
わたしは気づけば、私の中にあるヒーリングの世界の(ビジネス的なものを含めた)現状と自分の理想について
ヒーラーである人、セラピストはどのようなスピリットやマインドでいることがよいと私個人が思っているのか
気づけば、そんな理想と現実について話していました。

先ほどから書いている、エネルギーやスピリットの世界への理想を抱く人が多い。
だけど実際は自分の在り方がこの世界は反映されている。
お客さんを持つということはお客さんからも気づきを得ることにもなっていっている。
だからこそわたしは自分自身をより磨いていかなければと思うことが多い。
そんなこんなを話していたら

「ヒーリングについてストイックな考えをしている。いまどき珍しいタイプだよね」
「そういう人が出てきてくれてうれしいです」

と話されました。
先生はインディアン居留区での修行から様々な修行を経てきたシャーマンであり陰陽師。

3rdの伝授の最中わたしが見たビジョンは、
すごく大きな六角柱のクリスタルが上から降ってきて自分の中を頭頂部から入ってきました。
とにかく眉間が終始むずむず。。
そして伝授後半くらいのところで、わたしはなにか見上げていました。
目線斜め上、頭よりも上のところでなにかやっているのが見えます。
木の古いドアがあって、そのドアは太い、黒いチェーンが巻き付かれていて
必死でそのドアに体当たりしたりして壊そうとしています。
ドアから出たくて仕方ないのに出られないかんじ。
そして場面が変わって、そのドアから出たのかわからないけど
大きな赤っぽい旗を2本振っていました。
それは旗を振って助けを求めて気づいてほしいと思っていたのかなという感じもありました。
そのあとに、チャックスペザーノのセラピーカードを引きます。

一番左は現状。まん中は「いま」のカード。一番右は「障害」のカード。


特徴的なのは真ん中のカードが「試練」であること。
試練とあるけど、英語では「Sharmanic Test」とあることなんです。
チャレンジではなくシャーマニックなテスト、かぁ。。。

障害のカードでは手放しがきているということは
手放しすることに抵抗がある、恐れがある状態であるということを意味する。
いまの自分の状態や状況をもっと受け入れていく必要があるとしたら、どんな部分なのだろうか。
もちつもたれつの関係をスピリチュアルの世界とはつくっていければいいかなと思っています。

おやつには沖縄の生徒さんからのお土産でフルーツちんすこうをいただきました。


ランチは、これまでずっと来ても定休日とかだった念願の「いってつ」さんに。


店内風景





北品川は東海道の宿場町なので、品川宿としてのメニューがあります。


私が頼んだのはこの品川宿そば。あさりのおそばです。


実は閻魔そばにも惹かれました。


わたしがセッションをしている武蔵小山のそばに目黒不動があって、その道すがら「かむろ坂」というところがあります。


きました!やけど必至の熱さ+辛さですwあさりはしょうがで軽く煮てあり、海苔のほかまわりに揚げ玉が。


お箸の裏は東海七福神についての案内が。




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最後までご覧いただきありがとうございました。

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