花魔女★れいあ

花魔女★れいあ

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はい、れいあです。

今回再びのセッションの現場から。

昨年の6月からお越しいただいてらっしゃるお客様です。

このときすでに出ていた言葉として

「喜びに対する罪悪感」
「「自分のために生きる」のは我儘だと感じてしまう」

というのがあがっていました。

昨年8月のセッションでは

「自分のニーズからくる喜びをもっと感じることをする」

ということがテーマとしてあがっていました。

自分の道を指し示す存在は自由な中にあると思っているのにもかかわらず
「自分で自由を与えない状態」にあることが苦しいようでした。

10月のセッションにおいては

「情熱」が必要

であるというキーワードが出てきて

11月には

「ちゃんと自分に向き合えているので、
罪悪感については深めていかないほうがいい」

とセッション中メッセージがありました。

12月は恋愛・結婚がテーマになり、

「追いかけられる恋愛が苦手」

という言葉が出てきました。
ちなみにこのときの目標設定文としては

「わいてくる安心感は お互いを自由にすることで お互いを幸せに導いています」

というものでした。
そして今年1月の目標設定では

「未知の世界に 自然とフォーカスできる美しさが 自分の中に すでにあると信じる」

ということがあがり、
先月、今年の2月の目標設定では

「楽しい気持ちがわいてくるのは あたたかい関係が普段あることに 気づいているからです」

という文になっていました。

お客様はかなり前からスピリチュアルな学びをずっと長年にわたりされてらっしゃる方で、
昔からスピリチュアルの世界がとても好きだったそうです。

瞑想やスピリチュアルな学びなどをずっとされておられるのですが
わたしのところにいらしてからセッションにあがってくるテーマは、ずっと

「生きる喜び」「情熱」

といったものを魂レベルで求めている感じがしました。

昨年6月からずっと向き合ってこられてきたわけですが、
前回から今回のセッションの間に様々な気づきがおきていて
自分の中から湧き出てくるようなもの、
創造することやわくわく感がすごくあって新鮮だとおっしゃっていました。


スピリチュアルの世界ではよく

「いま、ここ」

について出てきますよね。
そのことを実践として日常に落とし込めてきている状態なんだろうなと感じました。

お客様の中では

「人生を歩んでいく」ということや
「使命」

といったものがあまりにも壮大に感じられてしまい圧倒されていた感じがあったようでした。

そういったことは、ある意味スピリチュアリティの弊害といってもいいかもしれません。

精神世界を知れば知るほどに、
目に見えない世界の壮大さを知るほどに、
真理に近づけば近づくほどに、
生きることの深遠さから人生を捉えると
人生というものに対して責任のようなものを感じとってしまい、
圧倒された気持ちになってしまうことがあります。

スピリチュアルな学びや成長に対する喜びを感じていった結果
気づけば日常の楽しみがなくなっていたというかんじでしょうか。

そしてそのあたりもセッションでしていったことをまとめていったのですが

楽しむことに罪悪感を感じてしまい、楽しんでいると

「好き勝手なことばかりしていいのか」

という気持ちが出てきてしまうようでした。

そしてそれは

「時間をつぶしているような感覚でいた」そうなのです。
そして「無意味なことをしているように思えた」ということでした。

これまではわくわくを感じないようにしてきたそうなのですが
スピリチュアルに生きていない人に対して

「それでいいの?」

と思うことがあったそうなのです。

このようなことを

「スピリチュアル・エゴ」

とよぶんですね。

物質的なエゴではないですが、
スピリチュアルの世界で生きているという価値観の中にあると
物質世界で生きるということについて疑問を感じてしまうことがあるのです。
このスピリチュアル・エゴはスピリチュアルの世界の学びの罠のようなものです。

お客様は
「日常を楽しむと霊性意識が下がる気がしていた」

とおっしゃられたのですが、なぜこれが罠かというと
この意識は「怖れ」からきているからです。

怖れは波動を下げてしまいます。
ですからそのあたり、同じ行動、言葉、意識の持っていきかたというのはすべてエネルギーですので
どんな気持ちでそういうスタンスでいるのか、
自分はどういう気持ちを持っているのか客観的に見ていく必要があるのです。

そしてお客様は気づかれたのです。

「だったら楽しんだもん勝ち」だということに。

そして

「今まで生きてきた生き方と別の生き方をしようと思った」

というふうにおっしゃられて、今回のセッションは終わりました。

この先はおそらく「生きる」という「喜び」「楽しさ」にフォーカスされていくでしょう。

すべてのものはエネルギーであり、わたしたちはスピリットです。
だけど、わたしたちは物質世界にも生きているのです。

もちろん物質世界のみに生きて、自分勝手にふるまってばかりというのも問題ですが
なによりもこの次元に生まれてきたことは
何かを具現化していく目的があるからなのです。

しかしその目的は何なのかという疑問にあまりにもとらわれてばかりしまうと
そこに喜びや楽しさがいつのまにかなくなってしまいます。
生きるプロセスには喜びや楽しさは大切。
喜びを感じることや楽しさを感じることは
おそらくは神様からのプレゼントなんだろうなと思うのです。

私たちが本当の自分を見つけ、そこに自らを見出すことができてくると
それこそ宇宙的な創造主とかマスターとか、宇宙の真理とか、
そのような普遍的、永久的なものとつながれるのだろうなと思います。
ネガティビティを手放し、流れに自然と乗ることで、楽に生きることができるのだと思います。
そのときに大切なことは、喜びやわくわく、楽しさといった気持ち。
これらをハートで感じることが魂の躍動へとつながり、前進することが楽にでき、すべてが輝いていくのです。

そしてそのようなスピリチュアルは、頭だけ、理論だけではなく
喜びをもって日常生活において楽しく実践していくことで
よりいっそうこれまでのスピリチュアルな学びが生きてくるのだろうなと思います。



このたびはシェアをいただきありがとうございます。


最後までご覧いただきありがとうございました。
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