花魔女★れいあ

花魔女★れいあ

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はい、れいあです。

本日はオフの日だったんですが、昼前から雪が降っていたので家に引きこもっておりました^^
積もらずにいてくれてよかったです。

寒いですね。

毎月恒例のセッションを受けました。
テーマは、このところわたしを悩ませている喘息について。
どうしてよいか、原因をつきとめたかったのです。

わたしはアロマをやっていることもあり、嗅覚が敏感です。
副鼻腔炎なんですけどね。
でもなんか香りはわかるんです。
でもすべてがいい香りばかりではない。
電車に乗って、お酒のにおいがするとか、タバコの臭いがあるとか、化粧のにおい・・・
すべてわたしが苦手な香りです。
苦手な香りをキャッチすると咳き込んでしまって息が苦しくなることは
喘息発作が頻繁にある今より前にもよくありました。
こんなふうに嗅覚に過敏であることはアロマをやるものとしてはいいのかもしれないけど
不快なにおいにも敏感なのでどうしてよいものかずっと悩んでいました。
不快な香りがどうしても苦手で気持ち悪くなってしまうことも多く
そんなときどのようにスイッチを自分で切っていけるかは今の私の課題でもあります。

嗅覚が敏感で、気道も過敏になっているため、ちょっとしたことで咳につながりやすい状態なので
いまいろんな精油をためしています。
そのほかに、このところやっている喘息対応は、プロポリスキャンディのほか玄米食を取り入れていること。
これはダウジングでビタミンBが必要と出たので探していくと玄米に反応したため
1日1回は玄米を食べるようにしています。
これは半月ちょっとまえくらいからかな。

それでもすぐにはよくなりません。
玄米にプラスして何かないかをダウジングできいたところ
「トリプトファン」に反応しました。
トリプトファンは必須アミノ酸のひとつで、セロトニンを作る材料でもあります。
セロトニンといったらオキシトシンとともに幸せホルモンともいわれている物質。
リラックスをうながすセロトニンは、また、睡眠に働きかけるメラトニンを作る物質でもあります。
またノルアドレナリンやドーパミンといった交感神経に作用する物質の暴走をおさえてリラックスさせます。
で、そんなトリプトファンを作る食べ物をとれ!とダウジングで出たのですが
睡眠にはトリプトファンを500~1000(mg)程度、うつには1000~3000(mg)必要だそうです。
牛乳を中心として肉や魚にも含まれていますが
わたしが中でも必要な食物が大豆と反応したんですね。
でも大豆をただ食べるのではなく、納豆やみそ、しょうゆなどの発酵食品にしろと出たのです。
わたしは納豆が苦手です。
味は大丈夫なものもひとつだけあるんだけど、納豆のネバネバした触感が大嫌いで、
かゆくなってしまうときもあるくらい・・・でも、ダウジングで「夕食時に食べろ」といわれて、
食べ始めて一週間くらいになります。

病院には行ってるんだけど、わたしは副鼻腔炎もあるため鼻の治療、喘息治療をしていますが
アレルギーだと医者はみてるみたい。

一方ダウジングではこのところの喘息は体力不足含めた肉体的な疲労などストレスからきているとでました。
しかし「深い悲しみを癒す」というのも同時にあって
何かそんな悲しいことあったかな?と思い出せずにいたんですね。



喘息は、小さな頃からずっとです。
家には昔、吸入する機械があり、蒸気吸入器の思い出が多いのです。
でも、わたしがこの続く咳を喘息というものだと知ったのは遅く12歳頃でした。

わたしが東京から神奈川へ引っ越しをしたのが小学校6年のこと。
母方祖母が遊びに来てわたしに
「あんたは喘息もちだから大変だねぇ」
といってきたとき、
ぜんそくってなに?ってきいたんです。
この連続した咳のことが喘息って言葉なのかとはじめて一致しました。

そんな話をしていたら、12歳に何かキーワードがあるとセラピストさんにいわれました。

12歳は、わたしにとって引っ越しという大きな分岐点でした。

これまで東京に住んでいた時、わたしは祖父母と叔父に育てられていたので
両親と弟と住むことは、絶対に嫌だったのです。
祖父母と叔父は暴力を振るう父親からわたしを守る存在だったんです。
でも、そんな祖父母と離れなくてはいけない。
すごく不安で怖かったんです。
でもそれ以上にわたしは祖母(介護していた祖母)と離れるのが
身を引き裂かれそうになるくらいにすごくつらい出来事だったのです。

わたしが引っ越ししたのは小学校6年の夏休みでした。
あと2学期だから、わたしは東京にまだいると思い込んでいた。
でもそれは子供のわたしには無理でした。
だけど必死で、クラスメイトなんかに、転校しないと伝えたのを思い出しました。
6年の7月に修学旅行があって、わたしはみんなに
「引っ越しはすることになった。でもわたしだけこの学校に通い続ける」
そういっていたのを思い出した。
学校はわたしにとって特別な場所ではなかったし、特に思い入れもなかったんだけど
わたしはそこまでして祖母がいる東京に残りたかったのです。
今思えば祖母との分離不安というものが強くあったのかもしれません。
わたしは神奈川に引っ越しすることはわたしにとっての死をイメージさせるくらい
小さいころのわたしは両親と暮らすことが苦痛だったのです。

わたしは12歳のとき、生まれて初めて「タヒ にたい」と思うようになりました。
祖母と一緒に暮らせなかったのだったら「タヒ んでやる」って心の中で思っていた。
そして現にわたしは神奈川で生活をしてもいつもアウェー感があって
孤立感がすごかったんですね。
でも普通に見れば、両親と弟と、一緒に家族四人新居で暮らして
幸せそうに見えるのかもしれません。
でも私の心は違いました。

介護することになった祖母とは、介護を経て祖母の最期を看取ったときは
祖母への愛があふれていました。
普通なら悲しいことかもしれません。
確かに悲しいですけど。
でもがんばって介護して、いってらっしゃい!ってかんじで見送ったというか。
大好きだよ!って介護を通して伝えてたというか。
だからやり切った感じだったのね。
介護は大変ではありました。
でも少なくとも不幸ではなかったし、不便さの中、充実はしていた。
自分がやりたいことができる時間はなかった。
でも、その短い時間の中、わたしの優先順位が明確になり、
なにをわたしはやりたいか、大切なのかに常にフォーカスできていたから
そんな意味である意味しあわせでもあったし満足もしていた。

でも12歳の引っ越しの時は、子供という制限や限界に身が引き裂かれるくらいのつらい出来事に感じたのです。
電車に乗ればすぐに会いに行けるのに。
このあたりでわたしの心の成長過程がわかるというか。

そしてセラピーはもっと情報がほしいということで
アファーメーションからどう思うかを出していくことになりました。
それは
「運命の流れ」とか「誓い」についてのアファーメーションだったのですが
それについて私が何をどう思うか、ということを伝えていきました。

考えてみたらそのときすでに12歳である意味そんな転換期だったんだなとも思いつつ、
わたしのこれまでの転換期で一番大きかったのは28歳あたりのことでした。

わたしはなぜかわからないけど
10代のころから、30歳以降のわたしはいないと信じていました。
30歳すぎたら、もう生きていないと決めつけていたのです。
だからわたしは20代のとき、刹那的に生きていた。
いわゆる自分を粗末に扱って生きてきたんです。
すでにパニック障害をはじめとする様々な心の病気を持っていました。
だけどわたしは刹那的に生きていたので、
今思いついたことは今やるというかんじで
それこそ「ありのまま」って言葉もそうだけど
20代のわたしが「ありのままでいいんだよ」っていわれたら
本当に好き勝手にすると思うんだよね。
そのあたりのとらえ方がわからなかったし、
「いまを生きる」という意味も、いまこの年齢になってこそわかる重みがすごくあるけど
この当時のわたしだったら
「わたしいま好きなことしてんじゃん」って思うだろうし。
このあたりも心や魂の成長で言葉のとらえ違いって出てくるのかもしれませんね。
誤解されない、しないように、気を付けないといけない言葉ですね。

で、今でこそサターンリターンの年齢だったのか!って思ったりするんだけど
ちょうどサタリタのときになるのだけど、いろいろなわたしをとりまく環境が変わっていったのです。
この直前までわたしは結婚を前提としてある男性と一緒に住んでいたんですね。
その男性がいわゆる高学歴な人だったんですが、彼はそれを自慢するというよりも
わたしを抑圧してくる傾向が強かったんですよね。
で、結果、この人とうまくやっていけないと思って
籍はいれずにいたのですが、いろいろあってわたしは実家に帰ることになりました。
このときの人までが、わたしの本名の名前で呼んでた人でした。

でもそれ以降わたしとつきあう男性はことごとく音楽関係、DJの友人を介してDJとつきあっていたので
付き合っている人からも「れいあ」と呼ばれるようになりました。
わたしにとって「れいあ」という名前は、音楽活動をしていた名残なんですね。
音楽は大好きです。
だから、音楽活動をしていたときの、れいあ、は好きなので、
そのままセラピスト/ヒーリングの名前として使うことにしたのです。

つまりこれまでの本名をわたしは封印してしまっているのですね。
わたしは、れいあとして長く生きてきたから、本名のわたしを捨てた部分もあったのかもしれない。
いま、わたしは本名で呼ばれたら、きっと振り向かないと思う。
本名の名前はわたしにとっては、つらい経験しかないんです。
だから封印した。
プライベート、友達関係にも、本名で呼ぶ人はいないし、
わたしの本名を知らない友達もいます。

名刺は本名と、れいあと両方あり、使い分けをしてますが、
セラピー関係だと、どちらのを渡すか迷うことがかなりあります。
れいあ、と名乗って活動したら、こいつセラピーを舐めてんのか!って思われるかなあ、とか(笑)
アロマセラピストは本名で活動していらっしゃる方が多いから、
れいあとしてセラピストを名乗るのは抵抗があったんだよね。
最初は特に自信もないし。。
わたしはそのあたりのアイデンティティがぐちゃぐちゃになってるので
今回のテーマはかなり深いと感じました。

そしてセラピーは目標設定になりました。

オラクルカードで何を目標にするのかのヒントをもらうことになりました。

「わたしはすすんで許す」

という内容のカードがでました。
英語の意味でしたが、英語に詳しいセラピストさんなので英語訳から

「もうそろそろ許してもいいんじゃない?っていうイメージ」

ということで作っていきました。

わたしは本名の名前を古い自分の感情の脱ぎ捨てた場所のように扱っていた。
普段は仕事など「れいあ」として生きてきてるのはそのままにして
本名のプライベートの部分にも楽しい経験を与えてあげる、
つまり本名のプライベートのわたしと「れいあ」のわたしを統合することが必要だと感じました。
そのことを目標設定にするとよいみたいでした。

そして目標設定は

「わたしは 新しい(本名)として誇りを持つことで 情熱的に 人生を切り開きます」

というふうにしました。

ダウジングを使ってヒントをもらっていいかきいて、ダウジングでヒントをもらったら
「本名の自分にもっと自信をもつ」ということでした。
れいあとしてのわたしは、そこそこ自信はあるみたいなんだけど、
本名のわたしは自己否定をしてるというか、本名の自分そのものをわたしが否定してるのです。
言葉は「誇り」がよいかな?ときくとダウジングでは「そのほうがいいね!」と出た感じでした。

目標設定が終わると、次にストレスを積み、修正していく作業をするのですが
ストレスを積んでいるとき、みぞおちのざわざわがかなりひどかった。
ああ、わたし、なにか怖がってるなと感じました。
でも、怖がるのは、どのわたしなのかをセラピストさんに筋反射できいてもらうと

「れいあとしての自分がしんでしまうこわさ」

と出たんですね。

つまり「れいあ」として長く生きてきたので、
統合したら「れいあ」というアイデンティティがなくなってしまうという怖れが
れいあとして生きるわたしにはあるようなのです。

筋肉もロックしてしまい、筋反射もとれなくなってしまいました。
れいあとして生きるわたしの、強い抵抗がありました。
そこで必要なものはエッセンスでした。


アラスカンエッセンス ペーパーバーチ
アラスカのペーパーバーチとは、
人生の深い、真の目的についてはっきりした理解を得る助けになるエッセンス。
人生で今後何をすべきかが見えなくなったときや本当に大切な道をはっきりさせるためによいエッセンス。
これまでの人生の中で、教育その他の影響下でプログラミングされてきた、古い余計な考え方から抜け出すために使われます。

つまりわたしの中で本名の自分を出すということは
ネガティブな感情を引き出しやすくなったりするのではないかという恐れがプログラミングされてしまって
もう嫌だ!となっているので、
そのあたりの思考を取り除くことが必要というわけか。。。と思いました。

本名として生きてきたわたしは、過去のわたし。辛い人生だったから忘れたいのです。
れいあとして生きてきたわたしは、楽しくて自由なわたしなんです。

だけど、わたしはここにきて、れいあとしてのわたしの楽しく自由な経験を、
本名の自分にも、わたしの手で、セラピストさんの手も借りて、
自分を作り直すために、息吹を与えてあげる必要があるのです。
生きかえらせてあげる、というか、
わたし(本名)は、わたし(れいあ)の手により、新しく生まれ変わらせてあげることで(統合)
真実を経験させてあげることが必要なんですね。
人生は怖くないよ、辛くないよ、苦しくないよ。
これまで怖い思いしかなかったかもしれないけど、
本当はもっと自由で、楽しくて、そんな人生でいいんだよという真実をわたしに教えてあげたい。
わたしを安心させてあげたいし、
わたしにもっと喜びを与えていきたいし、
わたしはもっと大切に扱ってあげる必要もあるし、
なにより、もっと自由に、そのままを表現してよいと
許可してあげることが必要なんです。

わたしは、れいあとして生き始めた頃に実際、臨死体験をし、
そこからセラピーやヒーリング、スピリチュアルな世界を知った。
わたしは、このとき、これまで生きてきたわたしは死んだんだと思っていた。
流れは、現実主義のわたしに、不思議な体験を、れいあにさせていった。
現実主義のわたしはどこかにいるけど、スピリチュアルやヒーリングの世界の中にあるようになった。

昨年12月から現実をいかに生きるかのセッションにシフトさせたいと強く思ったのは、
現実をいきてきて辛かった、本名として生きてきたわたしの部分からのメッセージかどうかは、わからない。
だけど、わたしが、お客さんに対して
現実をいかに生きるか、真実の自己を生きるためには、本質にいかに近づけるか、
そんな想いが交錯するのは
わたしの真実からきているのかもしれないね。

そしてもうひとつ。
これはスプレーなのですが、スターエッセンスでした。

トランセンデンス(光と歓びの王国へ到達する) スプレー
「あなたの潜在能力を刺激して直感力を高め、より高い創造力、インスピレーションを引き出してくれます。
自分を自由に表現する可能性を広げてくれるでしょう。」

つまり、これまでわたしはれいあとして表現活動をしてきた。
だから本名としてのわたしも、もっと自分をクリエイティブに、自由に表現させていく必要があるというわけです。

これらのエッセンスが出て浮かんだ言葉が

「新しい自己として生きる」

「真の自己を生きる」

という言葉でした。

わたしはこれまで「れいあ」という名前で活動してきたし、それはこれからも変わらない。

だけど意識としてもわたしは本名ではなく「れいあ」であった時間が長すぎたのかもしれない。
わたしは、生まれ持って名付けられたわたしの本名の部分を
もっと大切にこの先扱う必要があるということだったのかもしれません。

セラピーではストレスを積み、修正するところを筋反射できいたら
「副腎」「脳下垂体」「視床下部」
の調整でした。

副腎は様々なホルモンを作っているのですが
皮質からはコルチゾル、アルドステロン、性ホルモン
髄質からはアドレナリン、ノルアドレナリンなど。

先ほどもトリプトファンの話をしたけれどアドレナリン、ノルアドレナリンの暴走をトリプトファンは防ぐ役割があります。

脳下垂体については、下垂体は前葉と後葉に分かれるのですが

下垂体前葉からは成長ホルモン、プロラクチン、副腎皮質ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン(黄体形成ホルモンほか)
下垂体後葉からは抗利尿ホルモン(水分調節)、オキシトシン

というかんじでオキシトシンは先ほども書いたように幸福ホルモンですね。

視床下部は間脳(大脳と中脳の間)にある視床というエリアの下にあるのが視床下部。
ここでは本能や体温、血圧の調節、自律神経機能の中枢というかんじです。
自律神経のほか本能的な欲求のコントロールする場所であり、
睡眠や覚醒などのコントロールする場所でもあり、
感情のコントロールをする情動とも関連する場所になります。

これらの調整をし終え、統合していくときもいつもより時間がかかりました。
そしてやはりロックしてしまうところがあるので
結構強いブロックがあるみたい・・・

そんなわけでわたしは、新生れいあ、であり、新生の自分の本名の部分(プライベート)でもあるのですが
しっかりと真実の自己を生きれるようになりたいなと思うのでした。


最後までご覧いただきありがとうございました!
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