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新しいカメラ買っちゃった

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はい、れいあです。

今年初の福岡旅行の日が来週に迫ってまいりました☆彡

いつも大牟田でレン君の撮影に使っているのはiPhoneのカメラなんですが
11月にレン君のところに行ったとき、2日目すぐに
「容量がありません」
というのが出てしまい、レン君を眺めながら不要なデータをその場で削除しなくてはいけなくなりました(苦笑)

わたしはApple Musicに入ってるんですが
ダウンロードしまくった音楽データだけで30GBを超えているんですね。
iPhoneは64GBのものを使っていますが
音楽データとレン君動画、写真ですぐに容量がいっぱいに。。。
まだ契約して1年たっていないのにこの先どうすんの?というかんじで。

今はiPhone6SPlusを使っているんだけど
5を使っているときにすでにデータ満杯のためデータ退避用に外付けハードを購入。
今回もデータ退避させればいいかと思っていたんですが
気になる「フォルム」と「色」のカメラが手ごろな価格であったので
ポチったあとで会計はせずにずっと考えていたカメラがありました。

ダウジングにきいてみたら
「カメラは今回やめたら」
みたいに出たんだけど気になって仕方なかった。。

まぁそれなりのお金はかかるからね。
データ退避させればいいだけだから無駄遣いっちゃ無駄遣いよね~と。

で、外付けHDD買ったんですよ。64GBのを。
でもわたしって基本的にケチなので
リファービッシュ品を購入したんです。
リファービッシュ品とはパソコンなどの製品で初期不良などで返品されたものを
不良個所を交換したりしてもう一度流通させる製品のことをいうのですが
中古品と違っていて、新品だけど、いわくつきというか(笑
なので安いのです。
そしたらHDDが起動しなくてね。
そんなわけでメーカーに連絡したけど
詳細きいてまた連絡したら冬期休暇に入ってしまったんです。
そして連休あけても連絡が来ないので、お店に電話したら
「事務所が移転しました」
となり、移転先に電話したらすんなり出て、
商品の交換にようやくなりました。

で業者さんから連絡が来ない間に
もたもたしてんなーと思い、カメラを買う理由になり、ダウジング云々を無視して買いたいのでカメラ購入。


かっこいいでしょ??

NIKONのCOOLPIX500です。

ひとつ前の型なんだけど
いまの型だと色が赤なんだよね。
このプラムの色のがほしかったの。

なんといっても美しいフォルム。
これがわたしの購買欲を際立たせたのですよねw

26000円~27000円で購入できますが
わたしは平行輸入品のため24000円で購入。
説明書がみんな英語でした(笑)
でも今スマホアプリで説明書があったり
わたしはメーカーからPDFダウンロードしてiBookで読む形。
ていうか、説明書とか読まないからな~

うちは父親が写真をとるのが大好きなのでカメラにやたらと詳しいんですよね。
父親は基本的に家電製品大好きなんで
新しい家電製品を購入してきては、いつのまにかわたしがほしがっていたことにし
「仕方ないから買ってきてやった」
って言い訳にいつも使われてました。

わたしは個人で昨年秋にMacBookAirを買ったんですね。
家のWindowsがいよいよやばかったのもあって。
iPhoneと一緒に使えるかなと思ってMacにしたんです。
(まったくもって使いこなせていないけど・・・)

いまお店においてあるんですが
セッションレポート打つくらいしか使っておりませんw
でもまぁほしかったんですよ。

これまでそんなふうに、父親がパソコンもカメラもいつも新製品を買い
父親が遊んだ?あとでわたしにおさがりを、という図式が多かったんですね。
わたしはほしいものが特になかったので、
家電は家にあるので使っていたというかんじですべてが事足りていたんです。

だけどMACもカメラもわたしがほしいと思って初めて自分で買ったものでした。
この年齢になってってかんじではありますが
それくらいに自分で買わなくてよかったんですよ。

先日もセッションで「片づけ」がテーマになったんですが
うちは家電製品などはそんなかんじで父親がわたしに使わせる形で、
またわたしの部屋にある枕カバーだったり、ふとんカバーやパジャマなどは自分で好きなものを購入してるんですが
母親が使えといわんばかりに、ベッドの上にパジャマとか布団カバーなど買ってきてはおいておく。
使わないと怒り出す。
「せっかく買ってきてやったのに」って。(買ってきてと頼んだことは一度もないんだけどね)

実は過去、こういうことがすごく嫌だったんです。
でも嫌だと伝えられるような心理的環境にわたしはいなかった。
しかしわたしの中で、このようなことをされると被害者意識が強くなり、
「コントロールされている」という感覚に見舞われました。
だから親が買ってくるものを「使わされている」っていう気持ちが強かったので
「ありがとう」なんて思わなかった。
私が望んでいないのに買ってきては
「買ってやったんだぞ!ありがたく思え(→しかしほしいとは一度もいったことがない」(父親)
「なんで使わないの?せっかく買ってきてやったのに(→しかしほしいとは一度もいったことがない」(母親)
こんなふうに常にいわれてたのがすごく嫌だったんですよね。

介護をしてたときはまだ無職だったので
こういうのが苦痛でありつつも、一方でありがたいとも思うようになってきました。
ありがたみがありつつも複雑な気持ちでいたんですが
いまは好きなものを自分の意思で買えることがうれしいというか。

そういうことを経て、思ったのは
コントロールは確かに両親が無意識で思っている、やっていることかもしれないけど
わたしの意識で
「コントロールされない自分」
に成長したり、思考を変えていくことって大切だなって思ったの。

いま、わたしはわたしが買った好きなカメラを
「旅行にいくときしかカメラ使わないから遊んでいいよw」
といって父親にわたしたんだけど
しばらく写真をとっていなかった父親が庭に来た野鳥とか写真でとっていて
得意そうにいろいろカメラの話しをしてるのを見て、なんだかうれしく思っていた自分に気づいた。

そんなこんなを経て人って成長していくんだなーとか思いつつ
カメラの使い方を父親に教えてもらおうと思っているれいあさんであったw
(取説は英語なのでカメラ慣れしてる父親から教えてもらったほうが早いかなともw)

最後までご覧いただきありがとうございました。
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