in 癒しとスピリチュアル

「祈り」の美しさについて

-- COMMENT


はい、れいあです。
年末になり、クリスマスが近づき、新年も近づきました。

街はイルミネーションが美しく輝き、クリスマスが終わるとなると、
すぐに新年の準備に入るのが日本の年末の特徴ですよね。
年越しでは除夜の鐘が煩悩を祓い落とし、新年になると、初詣をされる方が多いです。
クリスマスから新年へ、がらりとかわる瞬間。
これまで色めいていたようなキラキラ感満載の街の色が一気にぱりっとした雰囲気に変わります。

また、この時期は一年で一番、祈りが多い季節でもあります。

日本人は無宗教な人が多いけど、祈りは多い気がします。

このところのわたしのネガティブ記事に(笑;
いろいろと共感される方も多かったようです。

わたしはこの闇の間、何度となく祈りました。

「祈り」

っていう表現は、日本人には原爆の「平和の祈り」のような形以外
神社やお寺では「参拝」「詣でる」というかんじで
「祈る」という表現はあまり使いません。

そんなことを考えていたとき
先日も書きましたが、キリスト教的ないろいろな思いがあったため
この間、讃美歌や教会音楽をよく聞いていたんです。

そしてしばらく

「祈る」

という行為についていろいろと思いが交錯してきました。

人はなぜ祈るのだろう?

とかね。

そして、わたしは

「祈る」

という行為に対して、すごく美しさを感じるんです。

「祈ることって美しい」

って強く思ったとき、

なぜ祈ることが美しいのかについて考えていました。

祈るという行為は何か、絶対的な存在とか信じる対象に対しての行為だと思うんです。

それは、誰かがなにか、大変な状態にあって

「祈ってるね」

といったような場合、

何に対して祈るかというと、
その人の無事を祈る、祈りの対象って
絶対的な何かに対して
「無事でありますように」
「幸せでありますように」
そんなふうに「祈る」わけです。

これは人間が、何かわからない、絶対的な存在を
いくら信じないといっても、心のどこかでは、奥深くでは
何かの絶対的な大いなる存在を信じているからこそ「祈る」のであって
わたしはそこに人間の純粋性を垣間見るんですね。
その「純粋な思い」が「祈り」のように思えます。
その「純粋な思い」って、おそらくは「愛」だと思うのです。
感謝も愛だけど、祈りも愛だと思うし、
やはり愛って人間の本質だって思うんですよね。

また、わたしが美しいと感じているものは、
その人の、ここでは祈りを捧げる人の精神性であったり、
その人の本質でもあるわけなんですね。
その本質とは、やはり、愛、なんだろうなと。
だからこそ祈りを美しいと感じるのかなと思いました。

「祈り」ってやはりキリスト教ではよく見かけます。
わたしも学生時代は礼拝が週に1度あって、
毎日のように「主の祈り」そして聖書を読んで(読まされて?)いました。
そのときやはり
「祈りなさい」
っていうもんね。
でもこれは話が長くなるから今度にというかんじなのだけど
キリスト教って基本が「性悪説」なんですよ。
アダムとイブがリンゴをかじってしまったそのときから人間は罪をおかしてしまったのだから。
いわゆるこれが「原罪」というやつですよ。
「罪」という単語に対して英語ではSinとCrimeの二つがあります。
この違いは
sinは宗教上あるいは道徳上の罪のことであり、
crimeは法律での罪(犯罪)をさします。
宗教上の罪というのは、神に対する罪をさすわけですが
人間は誰しもが罪人であると聖書には書かれています。

でもね、わたし、そのあたりの思想はやはり日本人なので、性善説なんですよ。
基本的に人間は悪い人はいないと思っています。
よく凶悪事件とかあったりすると、反社会的すぎてひどいやつだという気持ちはさておいて、やはりどこかに
ここまで犯人をなにが追い詰めたのだろう?
と犯罪心理学的な発想にわたしはなるんですね。
だって産まれついての悪い子なんていないでしょう?
それを、なにがどうして、こうなった?
っていう部分なんですよね、、わたしが見てしまうところって。

罪をおかしてしまったことに対して「裁く」ということが出てくるけど
人は人を裁くことはできないという考えが根本的にわたしにはあります。。
でも、自分のことはついつい裁いてしまったりしちゃう傾向も・・・
自分を裁くと人に対してもジャッジしてしまいやすくなりますからね。
「自分を、人を、裁かない」
ことはわたしのテーマでもあります。

と話がそれてしまいましたが、

「祈り」

っていうのは、
絶対的な何かに対する愛だったり、感謝だったり
そんなものを垣間見る、そのかんじがね、美しいなって思うのですよ。
愛は本当に美しいものすべてなんですよね。
祈ることにより、自ら洗われる気持ちにもなりますし。



そういえば先日受難の記事を書いたけど、昨日あたりから脳内音楽が変わってまいりました(^^)
先日は、ブログにも書いたようにマタイ受難曲やら、カッチーニのアヴェマリア、アヴェヴェルムコルプスと
思い切りキリスト教に偏っていたんですけどね。

こんなかんじで先月から特にクラシックを聴きたい気分になることが多いんですね。
フェイギュアスケートの影響もあってなのかクラシックとオペラがメインになっています。

ちなみにわたしがいま好きでよく聞いている曲は・・・(聴く音楽で心理状態がわかるというかw)

マーラー アダージェット 交響曲第5番 第4楽章

これはルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ベニスに死す」のテーマ曲だそうですが、
わたしベニスに死すは見たことがないんですよね・・・
でも、すごく美しい曲なので大好きな曲なんですね。

美しすぎて泣きたくなっちゃうような、なんか感動するような。。。
映画を見たことがなくても、どこかで聞いたことがある曲だと思いますよ。

そして・・・

歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲

これも美しくて泣きたくなっちゃうシリーズの曲。
これ、ゴッドファーザーで使われたんですか??(←見てないのでわからない

こちらはミサ曲ですが・・

マルカントワーヌ・シャルパンティエ 「真夜中のミサ」 キリエ
Marc-Antoine Charpentier "Messe de Minuit pour Noël" - (part 1) Kyrie

これはミサ曲なのですが、わたしは美しいから(でもやはりどこか悲しいような)好きで聴いているかんじかな。

で、昨日くらいから、また脳内音楽に変化がありまして。
これまた有名ではありますが

無言歌集Op.62-6 春の歌  メンデルスゾーン Mendelssohn

この曲昔ピアノの練習で弾いてたわ・・・
という曲ではありますが
なんというか、リストの愛の夢とわたしの中ではセットなんですけどね。
今回「愛の夢」のような心の状態ではまだないんですけど(笑
おまけとして。
リストというと超絶技巧のイメージが強いといわれていますが
わたしはピアノを始めたとき、ちょうど幼稚園のときくらいにこの曲きいて
すごくアガったのを思い出します。
わたしって乙女だなと思いましたw
わたしってめっちゃロマンチストやろ?w

これだと2分目くらいからのアゲかたがたまらなく好きですw

そして「春の歌」とともによく脳内で流れるのが・・

バッハ ブランデンブルク協奏曲第5番 第一楽章 アレグロ


春の歌はこれからあたたかくなってくるのね~という、たんぽぽが咲いてるような季節を私の中では思い出すのですが
ブランデンブルグ協奏曲は「おはよー!」ってかんじの曲というか(笑

わたしもちょっとずつ目覚めつつあるのかしら??



というかんじで上記の、特に美しいシリーズ?の音をBGMにすると伝わりやすいかと思うのだけど
「祈り」
について、やっぱりその「美しさ」について、心洗われるような感じについて
いろいろ思うのですよね。

キリスト教になっちゃうのですが、フォーレのピエ・イエスもわたしが大好きな曲であり、
わたしにとっての祈りの曲です。

Pie Jesu - Requiem - Gabriel Fauré (by Kathleen Battle)


「祈り」について、このほかにも、いろいろ書きたい事があるのだけど、
いまはまとめきれないので、ここらへんで!


最後までお読みくださりありがとうございました!
  • Share