in れいあ流生き方

土星からのメッセージと「自分の枠」を超えること

-- COMMENT
time.jpg


はい、れいあです。

現在、射手座で土星が逆行中。
土星の逆行中は社会的なルールなどにたいして疑問を抱いたり、理不尽に感じることが多くなってきます。

土星は年に1度逆行するんですが、逆行期間が結構長い(4~5か月くらい)のですよね。
今回は3月25日から逆行し始め、8月13日頃まで続きます。

拡張の星でもある木星は9月9日にてんびん座に入ります。
土星は拡張とは反対のイメージで縮小や制限の惑星でもあるんですね。

わたしは山羊座なので、土星が守護星になりますが
毎回ではないけれど、つらいことが多いなと感じるときは、だいたい土星逆行のときだったりします。
なんかきついな~と思うことがあるのは、だいたい土星逆行と重なっている傾向があるみたいです。

今回土星逆行が始まったのは3月25日だったのですが、
わたしは3月下旬頃、体調を崩してしまい、39度の熱が続きましたが、病院に行く時間がとれず・・・
3月は、料金改定前だったので、通常よりハードモードだったのですが
体調もあいまって、このときばかりはかなりハードでした。

その後にも5月下旬には声が出なくなり、病院でみて貰ったところ、
声帯にポリープができかけているといわれまして。。。
「安静にしていれば大丈夫ですよ」
とはいわれたもののラファエルにお願いをしました。

わたしは
「のどは第5チャクラなので、第5チャクラを癒さないと、、、」
と思って、天使たちにお願いしていました。

ラファエルがいうには、ポリープの原因は
「のどよりもハートの癒されてない悲しみが原因だから、そこにフォーカスしてみて」
とのことでした。

わたしはしばらくの間、天使たちからエッセンスを使ったエネルギー調整ヒーリングを毎日寝る前に受けました。
このヒーリング方法は、実は1年前、フェイシャルのときに一時的にラファエルとジョフィエルが行っていたものです。
(セッションからのフェイシャルのとき、身体にエッセンスやアロマやカードをおいていったことがある人もいるかと思います)

わたしが天使にしてもらっていたエンジェルヒーリングは、60分から90分間くらい。
わたしのオーラを調整するエッセンスやアロマ、オーラソーマを選んで身体に置いてもらい、心や身体などを内観していきます。

そのときちょっとした感覚や感情の違いや動きがあると、その都度エッセンスなどを移動させていくというもの。
たとえば今エッセンスをみぞおちにおいて深呼吸を繰り返していたら、咳が出始めたとしたら、ハートチャクラあたりにそのエッセンスを起き、また様子をみていきます。
次に頭の上が熱く感じたら、寝ながらなので頭上にエッセンスを置き換えるといった具合で行っていきます。

いま身体で何が起きているのか、どこがどんな感覚なのか、
熱いのか、ぴくっとした、ざわざわした、ひんやりしたのかなど、一瞬の身体や心の動きにフォーカスしていくのです。
そこにエッセンスを置く必要があるかどうかの判断は天使がすべてやってくれます。
こういうことがすべておわるとすっきりし、感情も整い、波動も整っていきます。


わたしがポリープになる直前、福岡のレン君のところへいきました。
とても楽しみにしていたのに、数日前から、どこからともなくわいてくる不安。
日に日にこの不安が強くなっていきました。
緊張というか不安というか、そのどちらかなのかすらわからない状態です。
朝起きると、みぞおちがもわっとして、不安で仕方なくなるのです。

小学校の頃わたしは運動会とか遠足なんかの前に必ず身体の調子が悪くなる子でした。
でもそれは小学校のときだけでなく、社会人になってからも続きます。

わたしはよくクラブやパーティにいっていましたが
ライブやコンサート、イベントなど、わくわくして楽しみなことですら
当日になると不安や緊張でいっぱいになったり、急にすべてどうでもよくなってしまったりして
それなりの金額のチケットを買ったのに、行かなくなってしまったり、
今でもたとえば何かの講座があって楽しみにしていたのに
その日になると、怖くなってしまって、突然行くのが嫌になってしまうなど・・・
この感覚や不安、緊張が本当に厄介なのです。

イベントなどを友達と一緒に行っていた頃、わたしはパニック障害を患っていて
楽しんでいるライブの最中にうつ状態にいきなりなることもあったり、パニック発作がおきたりしてしまうので
友達や、友達の友達なんかが心配して付き添ってくれたり、介抱してくれたりするのですが
それはうれしいのだけど、わたしは逆に申し訳なさ過ぎてプレッシャーになってしまっていました。
迷惑かけてしまった、みんな楽しみたいのに私のせいで!わたしなんてみんなの足手まといにしかならない。こんなわたしなんて生きてても無駄だ
と責めてばかりいたうつ病時代。

今だに人込みや電車は苦手ですが、
わたしはそれ以来イベントなど、基本的に一人で行動しようと思い、友達と行動はしなくなりました。
友達と行くにしても現地集合・現地解散というものだったり「会えたら会おうね」というかんじで
できるだけプレッシャーを減らしていこうと思ったのです。

で、一人での行動がメインとなった今でさえ、
楽しみにしていた何かがあると、その数日前からバクバクしたかんじがとまらなくなったり
苦しくなったりして現実から逃げたくなってしまうのです。

この不安感は昔からのものなので、かなり根深い問題なんです。

わたしにはこの正体が何なのかわからないのですが、
わたしの深いところにある、制約や制限という土星的テーマにいきつきました。

レン君のところに行きたいという気持ちもあるのに
気付くと自分に制限を加えてしまうパターンに陥ってきているのです。
それは喜びを制限してしまうような感覚を自ら行っている状態にも思えます。

また、こんなこともわたしの課題なのですが・・・
朝、目覚ましをかけるでしょう?
たとえばその二時間前にタイミング的に目が覚めたとします。
心地良いやり方ならば、そこで起きてしまうのも手かもしれません。
でもあまり寝ていない感じがするとしたらやはり寝ますよね・・・
わたしはそこで時計との競争になってしまいます。
あとこれだけある、少しは眠れるかな・・・
でも実際そうもいかないこともある。
するとちょっと時間がたつと時計を見て、また時間がたつと時計を見て・・・
もしかしたら結構そういう人はいるのかもしれませんが。

この「時間」という概念は土星のテーマだったりします。
土星はクロノス。
クロノスはギリシャ神話ではゼウス(木星)の父親で大地および農耕の神になります。
ちなみにクロノスはウラノス(天王星)とガイアの息子になります。
クロノスの子供はゼウスの他に、冥界の王であるハーデスや豊穣の女神であるデメーテルなどがいます。

この三次元だからこその「時間」という概念なんですよね。
わたしは時間を含めた制限というものがとても苦手でありながら
それに従わないとダメという「ルール」を自分にしいて、自分に制限を加えることが多かった。
基本的には常に時間を含めた「制限」というものがわたしは嫌いなのです。

わたしは時計が苦手でした。
大学時代までは腕時計をしていましたが
社会人となり時計をしなくなりました。
普通でしたら社会人だからこそ時計をもつのがよいかと思うのだけど
腕時計って時間という制限を常に自分に課しているかんじのイメージがあって
いつでも自分に制限をかけている感覚が嫌だったのです。

余談ですが、わたしは電話が嫌いです。
電話は、その相手の時間を拘束してしまうという意味で好きではない。
電話をかけたり受けたりというほうが確実だからよいという考えがふつうなのかもしれませんが
わたしは束縛されることがすごく苦手なので、時間が拘束されてしまう電話が嫌いなのです。

社会人になり腕時計をしなくなったのには、家の門限というのがとても学生時代は厳しかったというのもあります。
高校生の時、部活で遅くなることが多くなり、打ち上げのようなものがあったとき、あらかじめ遅くなると親に話していて
連絡も逐一いれていたのにもかかわらず、
親の指定した時刻より5分遅れた、それだけで、家に帰るとひどいことになっていたことがあります。
わたしの部屋のドアとベッドと机が壊されていて、その一部を父親が庭で燃やしていたこともあります。
このことでわたしは母と弟に「これ以上お父さんを怒らせないで」と責められ、かなり悲しい思いをしました。
そののち母親は父親の命令で、高校まで抜き打ちで時々訪れ、わたしが本当に部活をしているのかを確認しにきました。

それだけ書くと、家のしつけとか虐待とかそういうレベルの話なんじゃね?と思うかもしれません。
確かにそれもあります。かなり。
でも、魂レベルでのテーマとして
わたしには「制限からの解放」というのが
あるようなかんじなのです。

ジョフィエルは、前回のレン君のことをうけて、
わたしが朝起きるとき、アラームが鳴るより前にスマホを見たり時間を確認することを禁止しています。
でもね、アラームが鳴る数分前にジョフィエルが起こしてくれるんですよ(笑)

自分を制限してしまう原因は、わたしの親の問題ももちろんあるのですが
これは生まれ持った魂のテーマであり、土星と関係してくるのです。

土星のキーワードには「試練」「忍耐」「制限」「抑圧」「責任」「倹約」「頑固」「ストイック」

といった言葉があります。

「自分の枠を越える」のはわたしのテーマです。

わたしは自分でいながらにして、自分というものに制限されている。
かつては「誰かとの対比や比較」といったものもこれに含まれていたかもしれない。
でも気付いてから、人との比較をやめることにしていった。
だけど、それでも何かの制限がある感覚が常にある。
そして、わたしは自分というものが何より一番の制限なのではないかと思うようになった。

わたしは自分を越えたいと思っている。
自分に制限を課しているすべてのものを取り払いたい。

自由には責任がある。
それはこの社会に生きる上では、自由と引き換えに責任が課されるというイメージがある。
「責任」は土星のキーワードである。
自由であるためには責任を負わ「なくてはならない。」
というふうに自分自身を制限し、統率しようとする時点で、
それはすでに真の自由から逸脱してしまっているのではないか。
それは本当の自由ではないのではないか、と思ったりもすることもある。(中二病みたいですけどw)

魂にとって真の自由となるものを直感的に選択するということ。
真の自由とは「完全なる状態」であると思うのだ。
それは宇宙意識とも関係してくる。

わたしは自分を越えることがしたい。
なぜならわたしにとって、
「自分を越えた先にあるものこそ真の自由」
でもあるからだ。
そこにある「真の自由」とは完全なる調和でもある。
いわばそれはある種の悟り状態でもあるのだろうと思う。

つまり、わたしにとって自由というものは、決して「求める」ものではないのだ。
「真の自由」とは求めるものではなく
「その状態になるべくして、自分の魂を磨いていくこと」であり、
磨かれた魂に対してのみ与えられる「祝福」でもあるのだろうと思っている。

こんな話をすると、宇宙的な価値観に陥りがちだけど
それくらい本来この世の中はミラクルがあるはずなのだ。
そんなミラクルを邪魔しているのがエゴであったり想念、マインドといった思考に陥った状態のときでもある。

本当はすべてのものが、すべての存在がミラクルで満ち溢れていて、
そこに気づいて生きていくことこそが
無限の豊かさのはじまりでもあるのです。

次回、この制限に関するセッションを受けたこともあって
これについて書いていけたらいいなと準備していきたいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。

占星術

  • Share