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奇跡のコース(ACIM)アランコーエン氏の講演会に行ってきました

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4月のご予約調整可能日は

4月24日(金)

のみとなりました。
(5月の連休は1日・2日・3日は満席となっております)

どうぞよろしくご検討くださいませ。




はい、れいあです。

本日は夕方より日本に”A Couse In Miracles”(ACIM:奇跡のコース)を教えに来ている
世界的なスピリチュアルメンターでもおなじみのアラン・コーエン氏の講演w(軽いシャレかw)を聴きに行きました。
わたしもアラン氏の本はたくさん持っています。


人生の答えはいつも私の中にある(上) [ アラン・コーエン


魂の声に気づいたら、もう人生に迷わない [ アラン・コーエン

今回の新作はこれ↓

心の扉をひらくだけで幸せは向うからやってくる [ アラン・コーエン

今日はそんな講演会でお話されたことを忘備録もかねてシェアしていけたらと思います。

実はわたくし、スピリチュアルなイベントってはじめてなんでドキドキしました!
どんな人が、来るのかしら~?!
あやしい人とかいっちゃってる人もきちゃってたりして~w
なんてかんじでわくわくwしつついきましたw

雨ということもあってちょっと早めに出たら早く着きすぎちゃって
待っていたら、あの、
山川紘矢さんがいらしたらしくて
お声を誰かかけてらっしゃったのね。
「山川さんだっ!」
という声で思わず振り向いてみてしまったのですが
うぉ~っ本物だぁ!というかんじで(笑
穏やかそうなおじいちゃんだった!


心を癒すワイス博士の過去生退行瞑想 [ 山川紘矢 ]

ホールの扉があき、スピリチュアルに生きる人は他の人より早くいい席とろうと順番守らずに走る人とかさすがにいないだろうなぁ~w
とちょっといじわる心で(笑)みていたら数名いただけでしたw
(アイドルのコンサートとかだとみんな走るのだろうけどw)

こういうとこって結構客の中に勧誘する人が紛れ込んでいるものなんで(意識高い系とかのセミナーやスピのセミナーも含め)
ひっかけようとしてきたら絶対論破してやるッ!
と意気揚々の中二病こじらせた人みたく
「かかってこいやぁ~っ!」ってなっていたのに(笑)
まわりにはそういう業者関連はおりませんでしたw(時々いるから気を付けてね)

テーマは、

「愛と恐れの選択」

なんかジャンポルスキーの本を彷彿させるタイトルですね。

愛とは、怖れを手ばなすこと 今をよりよく生きるために/ジェラルドジャンポルスキー・本田健(訳)

ゲストは、そんなジャンポルスキーの訳もされた本田健さん。
わたしの中で本田健さんというと「ユダヤ人大富豪の教え」のイメージが強すぎて


ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになれる17の秘訣[ 本田健 ]
好きなことでお金を儲けるイメージの本を、出してる!(笑)
ってイメージしかなかったんですけどね。


ワクワクすることが人生にお金をつれてくる! [ 本田健 ]


大好きなことをしてお金持ちになる [ 本田健 ]

しかし、なかなかこのメンバーを一堂に目にすることはありませんよ?

そんなわけでなんか本の紹介ばっかになっちゃったけど、前振りですからw

今回はこの本がテーマです。


奇跡のコース(第1巻)普及版 [ ヘレン・シャックマン ]

皆様の中で奇跡のコースをされてらっしゃる方はどれくらいいらっしゃいますか?

わたしは聖書より分厚いテキストと、最初の数ページの難解さですぐに根をあげましたw
(英語そのものも難解な言葉なんだそうです)

上記の本田健氏、ジャンポルスキー氏を筆頭として
エックハルト・トール氏、ディーパック・チョプラ博士、
神との対話のニール・ドナルド・ウォルシュ氏、エリザベス・キューブラー博士など
名だたる方々が影響を受けているという本がACIM(A Couse In Miracles:奇跡のコース)で
自己啓発の源ともいわれたりしますがとにかく難解なのですよね。
心理学者でもあったヘレン・シャックマンさんが1976年から
「奇跡のコースなのでメモをとりなさい」というところからはじまり、
7年にもわたり書き留めたものが出版されました。
ある意味日月神示のようにも似ている感じがありますね(やっぱ違うかw)

それでは、そんな奇跡のコースについて、
その実践者でもあるアランコーエン氏と本田健氏のお二方による
奇跡のコースのエッセンスを講演でやっていたことについて
ちょっと書いていきたいと思いますが
スピリチュアルを実践されてらっしゃる方には耳慣れた言葉が多いかもしれません。
本田健氏のお話の要約と、アラン氏のお話の要約、最後の対談、
で、わたしの感想というかんじで書いていきます。


まずは本田健氏のお話より。

☆奇跡のコースの基本的考え方について

1.心が自分の世界を作り出している
2.存在するのは「今」という瞬間だけ
(たとえばワクワクでも未来へのプランばかりの人は今に生きていない)
3.わたしの動揺はわたしが考える理由によるものではない
 (列に割り込んでくる人に対する怒りはその割り込んできた人により怒らされているわけではない。
 その目の前で起きたことについての痛みを癒していくこと)
4.与えるものが受け取るもの
 (愛を与えると愛を実感しやすい。でも人はお金も愛もほしがってばかりの傾向にある)
5.恐れを手放せば愛が見つかる



・自分が変われば世界が変わる

・愛は感謝とともに歩く道である

・奇跡の中に生きる(今生きていることが奇跡)


自分にとっての「奇跡」を考える

自分の人生を自分らしく決める

過去は変えられないが(過去に対する解釈は変えられるが)
未来は感じるものを選んでいける

☆奇跡のコースの活用について
・自分の本質を思いだすきっかけ

・問題解決方法を探る相談相手

・更なる平安を得るための指南役

・シンクロディスティニー(シンクロニシティ+ディスティニー)を生きるガイド

シンクロニシティを読み解いて人生に奇跡を招き入れる方法
1.(シンクロが起きて)すぐに答えを出さない(→思い込みにつながることも)
2.象徴するメッセージを想像する
3.シンクロが起きたら意味を考える(深読みに注意)
4.変な期待をしない
5.起きた瞬間の直観、感情を大切にする


奇跡の中に生きる。
奇跡のドアを開くと、またひとつ、奇跡のドアが開かれる。
奇跡は奇跡を連綿と開いていく。


☆れいあ感想☆
30分でしたが深みのあるお話で、途中ちょっと泣きそうに・・・
特に最後の
「奇跡のドアを開くと、またひとつ、奇跡のドアが開かれる」
この言葉、すごく実感しました。
わたしがこうしてセッションやフェイシャルをさせていただいているのも奇跡だなと思うと、じーんと響いてきてしまって。
かれこれ10年以上ずっと楽しんでライフワークでしてきたことを仕事にさせていただいているので感激もひとしおなのです。

お金を稼いでいかなきゃ、じゃあ、これが仕事によいかなというふうに、
ある意味打算で頭で、この仕事がいいな~というものは、これまでどこかで無理がありました。
満員電車は嫌だなあ、でも会社勤める以外に働く方法なんて(=自分にできうる仕事)ないからなと、
自分の思考の枠組みでしか、考えませんからね。
パニック障害で、電車に乗れなくなり、この先無理して仕事していかなきゃ、
わたしは生きることすらできないのか、、
働くことは苦痛だとずっとずっと思い悩んでましたからね(引きこもりにもなったし)

そして、ずっと、わたしはダメなんだ、なにもできない、生きてる資格すらないと自分を責めました。
考えてみたら、この思考パターン、親がわたしに植え付けたそのものだと。
いつもお前はなにもできない、だらしがない、どうしようもないと、
今の仕事してからも、いまだにいわれますw
当時はパターンにすら気づけないくらい、自分を追い詰めてましたから。。
いまでは、うちの親は、娘を叱ること、欠点やだめなところをみつけては指摘するのが親の役目と思ってるというか
小さい頃からそうしてきた癖が変わらないのでしょうね。

いまのわたしは、好きなことしてるから、満員電車は、嫌だけど、好きなことのためなら大丈夫。
親もいまだに、いわゆる毒親だけど
傷ついたらそんな自分を認めて、傷を癒すようにしています。
家にいるより、セッションやフェイシャルしていたほうが楽しいし(笑

視点が変わると働くことをはじめとして
物事すべてに対する見方が変わるのかと、氣づかされました。


では、本日のメインゲスト。
アランコーエン氏のお話です。

どんな思考も決断も「愛」と「怖れ」 
感情の本質はこの二つ。
他のポジティブ、ネガティブな感情は愛から来ているものか、恐れから来ているもの。

人間の本質は愛。
愛するもの・ことのために生きること。

好きなこと(愛)に傾いていると怖れから離れて生きている。

---

(ここでとある30秒程度の動画を見る形になります。
それは白い服をきた人たちと黒い服を着た人たちがバスケをし、
白い服を着た人たちがボールをパスし、黒い服を着た人たちがそれを邪魔します。
「白チームが何回パスしたか数えてください」
という内容のものでした。

わたしはそれを見ていて
17回!
というふうに答えたのですが
17回だったようです。

しかしそれ以外で何か起こっていましたか?という質問に
「ゴリラ」
って答える人がいたので
「この人なにを言い出すの?」と思っていたんです。
動画をもう一度見せられると・・・
黒チームに混ざって途中でゴリラが登場していました(着ぐるみですけどねw)
わたしは全くわかりませんでした。
他の人たち、結構ゴリラ見てた人が多くて
観察力すごいな、わたしこういうクイズダメな人なんだよね(間違い探しとかw)
そう思っていたのですが・・・

何故こういうものを見せたかというと
白いもの(ここでは愛)に集中していると
黒いもの(ここでは怖れ)に気づかない
ということらしいのです。

つまり
「いつも愛の目線で物事を見ることにより恐れがなくなるようにシフトしていける」と。

愛かどうかはわからないけど
わたしはセッションのとき、脳内がまったくこんなかんじに近くて
お客さんの言葉にペンデュラムが反応することに集中しています。

本当はもっと質問力を高めたいのですが
質問すること、というのは
「わたし」という思考のフィルターをあからさまに通すわけなので
無意識に自分の思う方向に質問して誘導しちゃうのではないかという「怖れ」もあります。
でもセッションではわたしは自分からあまり質問をしないのはセッションを受けられた方はご存じだと思います。
これでいいのか悪いのか、自分でジャッジできるほどのセッション経験を積んでいないと思うので
(1000人くらいセッションすればわかってくるのだと思うけど。まずは1000人セッションすることが当面の目標かな。。)
完全に「宇宙の流れ」に任せております。

わたしの話はおいといて、メモの続きを。

・すべての瞬間は愛か恐れかの選択
・怖れから愛へどんなふうにシフトしていけるか
・注意の矛先をちょっとかえれば怖れを愛に変えていける
・怖れから愛にシフトすること(リフレーミング)

・怖れと罪悪感
「あなたは何をしようともあなたは無実だ」

・意識の中で(怖れを)反転させる

人に騙されたような感覚にあったとしても見方の矛先を変える。

アラン氏はホームレス風のカンを集めた80歳くらいの人がいたのでみじめに思ってお金を与えたらしい。
それをもらうとそのホームレスは、新車のトラックのような車にカンを乗せその場を立ち去ったらしい。
それを見てアランは。。。
「みじめな人でなくてよかったなと感じるようにしていった」といった。

日本人はとかく羞恥心とか罪悪感で悩みやすいという話になりました。
いろいろなことに罪悪感を覚えやすいのだと。
先週いったフィンドホーンのマリオンのワークショップでも日本の桜のエッセンスについて話し、
日本人のもつ集団的なカルマについて話されていましたが
そのように外国の方からは見られてるのかなとつくづく思いました。
アランは、たとえば日本人がワーカホリックで働きすぎて病気になる人についての話もされました。

「あなたがなるべき 幸せな人になる」(真実を生きる)

☆れいあの感想☆
先ほどのホームレスの話、罪悪感、愛・・・
わたしは日本人なので、どちらかというとこれらについては
「慈悲心」
なのかなと思いました。

宗教の形こそ違えど、結果的に愛と許しについてが結構テーマになるというのは
人類普遍のテーマなのかなとも。
キリスト教の教えについての背景があるから、やはり「罪」「愛」「許し」ってセットだよなと。
宗教的感覚の違いをとらえるのはむつかしいですね。
以前慈悲の心についてがセッションのテーマになりましたが、
慈悲の心がわからないれいあさんは、どう説明してよいのかペンデュラム先生~!ってかんじでしたw
今年はもっと慈悲についてわかればよいなと思います。


最後は本田健氏とアラン氏の対談でした。
本田健氏はメンターについての本も出されているのですが


人生を変えるメンターと出会う法 自分の磨き方 高め方 [ 本田健 ]

そんな「人生の師(メンター)」について、
アラン氏はこのようなことをおっしゃっておりました。

(その人の)エネルギー、つまり、その人の在り方、生き方で人生を教える
言葉よりも「在り方」を通じて、自由を生きる
真の教師は、その存在感で変容を起こす


おお、なるほどね。
どんなに言葉で説明しても、
その人の「生きざま」がすべて
ということだよね、日本語でいえば。

わたしも生きざまを磨かなくちゃな~(口だけですw)

・人にもたらされた許しのチャンスはいくらでもある

・幻想(思い込み)を壊す

・大好きなことをやって生きること

好きなことをしていたのでは食べられない(という幻想)

「自分には好きなことができる」という
観念の書き換え

「本当の自分を生きる」こと。

・今この瞬間にこそパワーがある
大事なのは今、なにを選択するか。

最後に観客席より質問のある人の質問に答えることをしました。
中でも印象的だったのはわたしの並びにいた方の質問。

小学生と幼稚園児くらいのお子さんのいらっしゃる女性で、
子供について、いじめがあるかもしれないということについてお話されていました。

スピリチュアルな方々が集まっているわけなので(もしくは意識高い系w)
そこで

「このような状況(子供がいじめにあってるかもという状況)を引き寄せてしまったのはわたしなのだろうか」

ということに悩んでいるお母さんでした。

わたしは率直に

「スピリチュアル(引き寄せ)の弊害でこういう感情を抱いてしまうのかな」

というかんじで見てしまったのですけどね。

これは子育てに関する「選択」で
子供が危険にさらされているという「怖れ」か愛から見るかということだったのですが
その方は親にどう育てられたのかの話になり

「わたしは親からジャッジされて育ったので、わたしも子供に対してそうなってしまっている」

といって自分を責めてしまっておりました。

スピリチュアルの罪だよなとわたし、こういうときに本当に思います。
(罪というか、ある人にとってはプロセスなのかもしれませんが
怒りはネガティブだからと感情をふさいで苦しい人は思っている以上に多いものです)
でも、大きな面からいえば、それもまた「その人にとっての学び」なのかなというのはわたしの感想です。

このお母さんがジャッジや恐れを愛にシフトしていけることを祈ります。

わたしはスピリチュアルは、やはり弊害があるなと思うのですが
これもまた、弊害として終わらせるだけか、それを学びとして消化、昇華していけるかというのは
その人その人のバックグラウンドが違うように
学びも人それぞれなのだと思っています。

確かに、引き寄せの法則がーとか知らなければ、
「こういうネガティブを引き寄せてしまった」と感じなかったかもしれません。
だけど先ほどのバスケの話じゃないけど
矛先を愛に向けることで世界が変わるのだと思います。

わたしはこれを思い出しました。
2月に行った東洋医学の講座で、
「てんしとあくま」という漫才コンビの人たちのネタでチューリップの歌を変調で聞かせるというのがあったのですが
そこでは、いつもきいているものもネガティブと受け取るか
見方を少し変えればポジティブにもなるという話をきいてきました。

東洋医学というか五行の話なのですが
今時は代は「土」から「水」への移行する過渡期にあって
「土」は安定をさせてくれる一方、そのままだと腐らせてしまう傾向にあるのですよね。
つまり「枠」から出られなくなってしまうわけです。
これがネガティブであれば、その枠から出るのに
「金(Metal)」の触媒がきっかけになったりします。

物事をどうとらえるのかで世界って変わるということなんですね。
自分がどんな視点から物事を感じ、見るかって大切なんですね。

そんなわけでちょっと話がそれてしまいましたが
愛と怖れ、愛で生きれば怖れはなくなっていくのですよね。

愛というのは色恋の愛(情愛)だけではありません。
親子のなど人に対してだけではなく
趣味が好きという、物事に対しての愛、
占星術でいえば「金星」のエネルギーになります。

というわけでオチが見つからないのですが(笑
長くなりましたのでこのあたりで失礼させていただきますw

スピリチュアル

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