花魔女★れいあ

花魔女★れいあ

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はい、れいあです。

先日からこんなエッセンスをとっていました。
それは・・・

リビングライト エッセンス レッド&ゴールド ガーネット&ゴールド

これはどんなときによいかというと・・・

・内側で大きくなり、時には突然爆発する、憤怒、激怒といった根深い怒りの感情を焼き尽くし、浄化し、変容していく事を、スムーズに穏やかに助けてくれます。
・他者、あるいは自分自身との相互交流の新たなレベルへとハートを開く事は、あなたが体験へと開いていく事をうながしてくれます。
・そして、そのアルケミックな変容の体験の中心に在る、安らかな満足と静けさへと導いてもくれるでしょう。


エッセンスにはいろいろなネガティブ感情を解放してくれるものがありますが
そのネガティブな感情の深さなどにより、それぞれ変わってきます。

人の心は、はかることなどできませんが
その人が抱えた悲しみや怒りなどの感情が「どれくらい深いレベルのものか」というものはあって
個人的に感じたこととすると、このエッセンスは深いレベルにある怒りを解放してくれるかんじがします。

昔聞いた話によれば、怒りや悲しみというネガティブな感情は、
「5日間」
がめやすのようで、
悲しいことがあったり、怒りを感じたりという感情は5日を目安に解放できないと
潜在意識にたまっていってしまうのだそう。
いかにうまく解放し、昇華してあげられるのか、
ご自分なりの方法をわかっていたいものですね。

日本人はとかく感情を表現するのが苦手だと思います。
特に「和」を重んじるのでネガティヴィティを出せる場ってあまりないですよね。
だからなおさら感情をためこみがちな人って多いかと思います。
悲しみを感じたら映画などで疑似体験をし、涙を流すなどをすると浄化される
ということもききました。
感情の浄化、解放って大切ですよね。

それにしてもこのエッセンス「焼き尽くして浄化する」って、大天使ミカエル的です。
ミカエルは火の属性をもつ四大天使ですからね。
しかし、このエッセンスはミカエルの印象より、もっとぴったりなイメージがあります。
それは・・・

「焼き尽くす」

という言葉で思い出される・・・

不動明王!

え?w

なぜ不動明王なの?!
最近れいあさんが不動明王づいてるからといってw

不動明王は真言が有名ですね。

ノウマク・サンマンダバザラダン

不動明王はおっかない顔をしております。
イケメンで正義感溢れる大天使ミカエルさんとはちょっとキャラ設定が違いますw

おっかない顔してるのは、おっかない顔で悪いものを追い払ってくれて
このご真言をとなえると、悪いものを追い払い、障害を取り除いてくれるといわれております。
ちなみにもともとはインドのシヴァ神でもあります。
(混乱しますが、七福神の大黒様はシヴァ神の化身でもあるマハーカーラと大国主命の神仏習合の神様になるそうです)

不動明王って「焼き尽くして浄化する」というイメージなんですよね。
不動明王のバックの炎は火の鳥なのだそうですよ。

大天使ミカエルはネガティヴから守ってくれる、守護のイメージが強いですけど
ミカエルさんはあの光の剣と盾で守ってくれますよね。
剣でネガティブなものをバッサバッサと断ち切ってくれ、保護してくれるのがミカエルのエネルギー。

大天使ミカエルは神からもっとも信頼があった今では堕天使であるルシファーと双子の兄弟説もあるのです。
うーむ、たしかに堕天使Lucifer、イケメンですw
全天使の長だったルシファーはミカエルの兄とされていて、
諸説ありますがアダムとイヴに仕えなさいという神の命令に背いたため神と敵対するものとなってしまったそうです。
(でもルシファーっていう言葉には光をもたらすという意味があるのですけどね)
ヨハネ黙示録12章に天における神と神との戦いが出てきますが、これはミカエルとルシファーの戦いで
天のミカエルと地に落ちたルシファーは、なんとも陰と陽の関係を明白に表しております。
これは日本神話にも通じるものがあるなと感じました。

ミカエルだけでなく不動明王も、剣を持っております。
倶利伽羅剣(くりからけん)というものだそうです。
この剣を右手に持ち、

貪(とん)⇒必要以上な事を求める心
瞋(しん)⇒怒りの心
癡(ち)⇒真理に対して無知なこと

の三毒(さんどく)を打ち破るといわれています。
いわゆる煩悩ですね。

そう、不動明王が剣で斬るのは「煩悩」なのです。
また、もう片方の手にあるロープで縛り上げ、善行を行うように向かわせるそうです。
悪いものは己の心にあるというわけですね。

不動明王は一切の「魔」を滅して、人々を幸福へ導く存在なのですが、
その方法がいわゆる「護摩焚き」の祈祷になります。

今月はじめに等々力不動に参拝しに行きましたが
昨日の新月は成田山の不動明王様をご本尊にしている一心寺に、たまたまですが行きました。

ちなみに成田山一心寺では「ほうろく灸」というものをやっています。
これは頭の上にほうろくを乗せ、その上にもぐさやみそ、にんにく、どくだみというハーブ?をのせお灸をすえるもの。
アロマの先生がこちらで体験したそうですが精進料理込みで5000円だそうです(予約制)
非常に気になるところです(料理がw)

ここです
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御朱印帳も書いていただきました。
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お願いしますと言ったら
「どちらになさいますか?」といわれ「?」と思っていたら
「ご本尊様にいたしますか?」
といわれ、ようやく納得したれいあさんでありますw

左のほうの御朱印は真向いに近いくらいまっすぐ細い路地を行くとある「養願寺」さん。
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成田山 一心寺
東京都品川区北品川2-4-18
03-3471-3911

養願寺
東京都品川区北品川2-3-12
03-3471-9224

北品川は祖母が入院をずっとしていた場所なので
行くたびに胸がうずいてハートが悲しんでいたのですが
今回まったく大丈夫だったのね。
もう心の中のおばぁちゃんへのネガティブな感情は品川の分は解放されたみたい。
あとは神奈川にきてからのもののインパクト強いのでこれをしっかり解放しないとなぁ・・・

そんなおばぁちゃんが北品川に入院したとき
入院食だったので時々こっそりうなぎを買っていって
残りをわたしが食べたりしておりましたw
そのうなぎがおいしくて。
父親も食べたのですがおいしいといっておりました。
関東の坂東太郎(という利根川のうなぎ)を扱ってるウナギ屋さん。
高級というよりか、お酒のアテにうなぎという江戸ッ子なかんじの店です。
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うな泉(うなせん)


関連ランキング:うなぎ | 北品川駅新馬場駅天王洲アイル駅



うなぎはおいといて(笑)
不動明王は「大日如来」の化身でもあるわけですが
目黒不動なんかに行くとご本尊の真裏に大日如来さんがいらっしゃるんですね。
昔はこっちの方面にまったく興味がないまま祖母と目黒不動に行っていたので
何故大日如来が裏に??っていつも思ってたんです。

大日如来、「如来」は仏教の世界で最高位(徳の高さ)です。(宗派によるかもしれませんがよくわかりません)
次に「菩薩」。
如来は完全に悟っていますが、菩薩も悟っていて、
だけど菩薩にとどまっているのは様々なものを救うためにこの位に属しています。
(・・・という考えと菩薩は悟りの修行中という考えがあるようです)

こんなかんじで続くのですが「明王」はたとえば恋愛の神様でもある愛染明王様とかいらっしゃいますが
明王は「如来」の化身と書きましたが、分身というか、そういう存在で、
違いは人々を救われてらっしゃる如来の化身が「明王」になります。
ちなみに愛染明王は愛欲を聖なる愛に変えるというかんじです。
エッセンスにたとえれば、わたしが感じているのはこれかなぁ・・・↓

ラブズアルケミー エッセンス エターナルラブ

このエッセンスはハートチャクラを目覚めさせ、神聖な愛へとつなげてくれます。
愛が持つ力を最大限に引き出し、思考、感情、言葉、行動を変容させるエッセンスなのです。


「不動」とは何事にも動じないこと、揺るがない決意などを示します。
お釈迦様が「悟りを開くまで動かない!」と決意して菩提樹の下に座った時に、
悟りを挫折させようと様々な魔王たち(=煩悩)が押し寄せて来たので
そのときのお釈迦様の心の中をあらわしたものだともいわれています。

東京には「五色不動」があります。

目黒不動は「黒」の色です。
目黒は五行でいうところの「水」にあたります。

東京山手線では目黒に対して目白もあるのですが、
豊島区の目白の金乗院さんは「目白不動」にあたります。
白、は五行でいうところの「金」です。

五行にはそれぞれ対応した色があります。
ここまでで何か「ピン」ときませんか?w

五行で水と金のほかに何があるかというと、木・火・土ですが
「目黄(めき)不動」「目青(めあお)不動」「目赤(めあか)不動」と、
五行に対して、それぞれのお不動さんがいるんですね。

五行といえば四柱推命とか風水とかありますが
お不動さんは密教にあたります。
仏教には煩悩がつきもの(というか人間にはw)ですが
「煩悩を一切なくしなさい」と密教ではいわないのですね。
むしろ煩悩は「悟りへのきっかけ」とみなしています。
”煩悩があって苦しんだりするからこそ、それをきっかけとし、学びとして、成長していくものだ”
というある意味現代のスピリチュアリズムとの相性のよさのようなものを密教には感じます。

昔、江戸城を守るため、江戸城の周りのお不動さんを選び
目黒不動、目白不動、目赤不動、目黄不動、目青不動というふうに
五行とお不動さんが風水的にかかわりをもっている街、東京。
いろいろと興味深いです。



さてさて、怒りを焼き尽くしてくれる、

「まるでエッセンス界のお不動様のようやぁ~~~」

という、このリビングライトのエッセンスをとっていて気づいたことがあります。

それは、

なぜわたしは怒りや悲しみをため込むんだろう?

ということでした。

しかし、わたし自身、今は怒りも悲しみもため込んでいるつもりはないのですが
もしかしたらため込んでいることに気づいていないかもしれない?

ってふと思ったんですね。

実はこっちのエッセンス話がメインのはずだったのですが
書いてみたら「お不動さん」の話がメインになってしまったというw(しかもうなぎ屋さんの紹介までw)

ちなみにリヴィングライトの前まで飲んでいた怒りの浄化のエッセンスは

パシフィック エッセンス グリーンガーネット

これも怒りを浄化するエッセンスで肝経に作用します。
感情の元になるのは思考であり、怒りや憤りの住処となる肝経に作用するエッセンスです。
(プロデューサーであるサビーナのワークショップでのメモによれば肝臓のデトックスや下垂体の栄養というふうにありました)

しかし、このエッセンスでは、あまりお不動様感がないんですw

そんなときダウジングで

「これ買いな~あなたによいよ」

と選ばれたエッセンスがまさに冒頭でご紹介したリヴィングライトのガーネットでした。
(リヴィングライトは大好きなカナダのエッセンスメーカーなのですがセッションでは使用しておりません)

説明を読んでみて納得し購入、飲みはじめたのですが
そこでひとつの気づきがありました。

あ、ちなみに、パシフィックのグリーンガーネットとあわせて

パシフィック エッセンス オパール


こちらもダウジングで選ばれていたのでたびたびですが飲んでいました。
これは
「光の全てのスペクトラムを含み霊魂、感情、精神、身体を調和させ一体化し自分が誰なのかを思い出させてくれるエッセンスです。
硬くなった残骸物を洗い流しリフレッシュさせてくれます。 」

・・とありますが、

「気づきを促進させてくれるエッセンス」

でもあるのでした(気づいた後で確認したのですがw)

わたしは自宅で怒りや悲しみを表現することができないということに改めて気づきました。
すごい昔は
「おねぇちゃんなんだからがまんしなさい!」
という形で、しつけとして感情を抑えられてきましたが
そういう形で我慢しろっていわれてきた長女や長男て多いと思います。

それからずっとたち、
この数年、わたしはいろいろサイキックな大変な状態になり(いろいろ昨年も家であったわけですが)
それ以来変容が続きまくっているのですが、
わたしが両親に対して少しでも怒ったり、何かで悲しいことがあって泣きそうになると
母か父、どちらかがどちらかにぼそっと

「怒ってる。どうやら頭がおかしくなってしまったようだ。」
「なんかおかしいな。泣いてるみたいだ」

というふうにいわれたりします(今でも)

感情を抑え続けているとどういうことがおきるかというと
悲しみや怒りを表現できない相手に対して

「喜びすら表現できない」

という状態にわたしはなることにも気づきました。
つまり感情を表現したり解放できなくなってくるかんじです。

思ってみれば・・・
うれしいことがあっても両親の前では一切嬉しそうに表現できません。

それは「素直さ」の問題があるのも確かなのですが
そこに傷ついたわたしのインナーチャイルドがいるんですね。

素直さにプラスして「赦し」がわたしには必要なのです。
わたしは両親を赦さない限り、受け入れることができないために、
心から喜ぶこともできない、ということにエッセンスをとっていて気づいたのですね。

キリスト教などでは「赦しなさい」ってよくいいますよね。
またスピリチュアルでは「感謝は大切」とよくいいます。

確かにそうだと思います。

でも、本当に心から赦せていますか?
本当に心から感謝できていますか?

たとえば感謝を示す「ありがとう」という言葉にしても
やみくもにその言葉を唱えて本当に波動があがるのでしょうか。

わたしは「波動があがるから」とか「ツキがよくなるから」「いいことがおきるから」
といった”下心から発する”「ありがとう」ってどうなの?って思うんですね。
つまり「ありがとう」という言葉の波動をさらにあげるだけの「心を動かすもの」がそこに本当にあるのだろうか、ということです。
「いいことがおきるから」と思って口にした100回の「ありがとう」と
心を動かされて口にした1回の「ありがとう」では
重みが違うとわたしは考えます。

つまり、その「心を動かされる」ということそのものが大切なのだと思うのですね。
この時、心を動かされて口にした「ありがとう」の言葉が向かうエネルギーこそが本来の姿なんじゃないかなと。

だけど自分が下心からだということにすら気づかなくなっている人もいるかと思います。
下心はもちろんあっても、いいのです。
でもそういう心の中にある「本質の自分」とむきあったほうがよいのではないかと
わたしはそう思うわけです。
下心からであることに気づかない状態はスピ系の同調圧力により心がマヒしているかのように見えます。
かえって成長をそこでとめてしまうものなのではないのでしょうか。

赦しも感謝も大切だけど、その前に「手放し」つまり

何故赦せないのか?

何故感謝できないのか?

自分の心と正直に向き合うことも必要だと思います。

両親を憎んでつらい気持ちになる人をセッションの場で多く見てきてました。
憎まなくても嫌ってしまう自分を許せないというふうになってしまったり・・・

よく「親に感謝しなさい」なんていいますが
いろいろな理由でそれができない人も多いです。

感謝できないなら、できないでいいと思うんです。
そうやって自分を許してあげるほうが先だと思うのですね。
「今は」感謝できない、けど、いつかはできるようになりたい
というふうに自分の心と正直に向き合うことが大切なんです。

「赦せない自分」はとてもひどい人だと感じますか?
「感謝できない自分」はそんなにひどい人だと思ってますか?
その気持ちそのものが自らを責めてしまってはいませんか?

ただやみくもに「赦します」「感謝します」「ありがとう」と唱えても
それはどれだけストンと腑に落ちるような感覚でしょうか。
どれだけ心を動かされましたか?
本当のところは、どんな感じでしょうか。

自分の本当のところと深いところで向き合ってこそ、手放すことができ、
解放することで、「赦し」や「感謝」の本来のエネルギーに
つながっていけるのではないかなと思うのです。

「赦すこと」は「受け入れること」です。
赦すことによって、深いレベルでの感謝もできるようになるのかなと思います。


さて、憤怒を焼き尽くす不動明王のようなこのエッセンス(笑)
これは私自身、怒りが自分にあることを認めるところからはじめないといけません。
感情からの気づきは成長の糧です。

ミカエルさまや不動明王さまにお願いしつつw
変化していくプロセスを楽しめたらいいなと思っています。

さてさて、節分も近づいてまいりました。
このところお正月がおわると恵方巻予約受付中~となんでも商売になってしまうようですがw
ニュースなどでは毎年成田山新勝寺で豆まきしている図が流れますね。
わたしが今回参拝してきたところと同じわけですが
成田山のご本尊が不動明王様になります。
ニュースで成田山からの豆まき中継を見た時は
大日如来様が魔に対して怒りのあまり怖い形相となって
「魔を滅する(=豆)」お姿であらわれた不動明王様にも
ちょっとクローズアップしてみるのもよいかもしれません。


最後までお付き合いいただきありがとうございました★