れいあ

ともに、いきる。

はい、れいあです。

セッションをやっていると、当たり前ですが、みなさんいろいろなことで悩まれ、探究したりして
いらっしゃる方が多いです。

わたしはやっぱり、こういういい方はいいのかわるいのか、
もし嫌な気分になってしまったらごめんなさいしますがw
お客さんはある意味、わたしの「分身」みたいなかんじに思えることが多いんです。

感情移入は、していたら身が持たないですが
「あーわかるわかる」
っていう気持ちにどうしてもなったりします。
でもカウンセリングをやる上で、そのような接し方はよくないのかもしれません。
だけど、なんというか、ある意味

「ともに 生きてるんだな」

という気持ちがすごくわいてくるのです。

だから

「大変だよね。

一人のような気持ちになっちゃうときも、あるかもしれないけど

ほんとうは、一人じゃないんだよ」

そんなふうに声かけたくなったりします(実際にそのようなセッションをわたしはしないんだけど・・)

わたし自身が同じようなテーマを経験して、そう思うこともあれば
いろんなお客さんを見てるわけなので
このようなテーマで悩んでいる人手をあげて~といったら、それなりに集まりそうな、
そんなかんじで同じテーマで悩んでる会があってもいいくらい、ひとりじゃないと思うのですよ。

でも悩んでると、このテーマでこんなにつらいの!ってなりますよね。
で、そのテーマで悩んでる方がたくさんいるかんじ。
わたし自身も、いろいろ似たテーマの悩みがあるわけでして。

お客様が体験されたこと、悩まれたこと、
わたしも体験してきたこと、
確かにみんなバックグラウンドが違うし、性質も違うから悩み方も当然違うのだけど
だけどお客様がお話されて悩んでいるのを見ていて

「みんな、がんばってるんだよね」

「でも、そこまで頑張らなくたっていいんだよ」

って気持ちにすごいなってしまう。

でも、本当に一番そう言いたいのはわたし自身に対してなのかもしれません。


また、同じことを体験しても、受け止め方は人それぞれです。

例えばバッチフラワーには「落ち込み」系のレメディがいくつかあります。

落ち込みとはちょっと違いますが、マスタードは
「なんかわからないけど落ち込んでしまう」っていうときにいいレメディです。

「ゲンチアナ」は一時的な落ち込みに使われるもので、
予期しないことが起きて、だけど、どこかに望みを託せる気持ちがあって、
でも「やっぱ無理かも」って思ってしまうような時に確固たる自信をくれるエッセンスです。

それよりもう一歩深く落ち込んでしまったようなケースには「ゴース」というレメディの出番です。
これは希望がないと思って、無気力になっちゃったようなときにいいレメディ。
そんな状況に乗り越えていくだけの希望を与えてくれます。

そしてもう、絶望してしまって、もしかしたら絶望していることですら気づいていないような場合、
「スイートチェストナット」というレメディがおすすめです。
これは「魂の闇夜」にとてもいいレメディで、
希望なんてない、救いの手もない、どうしようもないと思う時、
乗り越えられる、自分を脱皮できるという希望を与えてくれます。

一見まわりからは同じことが起きた状況であっても
受け止め方って人にもよるし、その人のバイオリズムで大丈夫なときは落ち込みも軽くてすむけど
そのときのよっては絶望的に受け止めちゃったりするものです。

こんなふうに同じことが起きても、その出来事の受け止め方は人それぞれで
もちろんその人そのものがもつ性質なんかもあったりします。

がんばってがんばって、頑張りすぎてっていうとき

「ねぇ、わたし、どこまで頑張ったらいいの?もう疲れちゃったよ・・・」

って思ってしまう前に、
頑張ってる自分をほめてあげることは、とっても大切なんですよね。


一方、れいあ家の母親はよく「頑張ってるアピール」とか「忙しいアピール」を必要以上にしてくる人なのですが(笑w
「あー忙しい忙しい!」
「大変なんだから!」
というふうによくいう(=当たり散らすw)人なんですよね。

昔はわたし、母親のそういうところがすごいプレッシャーでいやで仕方ありませんでした(今は距離をとるけどw)
「わたしだって頑張ってるのに、なんでおかあさんだけ頑張ってるようにいつもいってるの?」
ってクールな目線で見てたんですね。

でもそれは母親自身の問題ということも結構あって
わたしまで母親の問題を引き受けることはない、と思うようになりました。

親子だと、特に、それが母親だと、娘は、一緒に考えてしまうときがあるけれど
「母親の問題は母親の問題」
「わたしの問題はわたしの問題」
「家族(家系)の問題は家族の問題」
というように
それぞれ分けて考えたほうがシンプルなのかもって思うことが多くなりました。
みんなひとつの大きな問題だと考えてしまうから、余計にコトが複雑に思えてしまう。

そんなときは
「まず自分の問題にあるストレスを解消、解放しよう」
そんなふうに「自分のこと」を優先してもっともっと考えてよいのだって思うんですね。

これは介護をやっていたわたしのことですがw
自分の問題も親の問題も、家の問題も
「みんなわたしがやらなきゃ」
と思っていた。
「わたし以外誰ができるの?」
とも。

でも、みんなひとりひとりに学びがあるから生まれてきたわけであって
わたしは小さいころから親のことをやってきたため
親の学びの場を奪ってしまってごめんね~
ってことで、もうわたしは自分の問題だけ取り組めばいいやってことで区切りをつけたんですね。

それまでは
「誰がいったい育ててやってると思ってるんだ!」
とずっといわれてきたので
今ここで反抗したら、わたしは見捨てられてしまうんではないかという恐怖心が小さいころからあって、
そんなこんなが「認めてもらえるように頑張らなくちゃ」「ほめられるように頑張らなくちゃ」
の頑張るばかりの人生だったのですが
もう、好きなこと以外は頑張らないことにした!
というかんじで、ですね
もっと自分を泳がせてあげようかなと思うわけなんですよ、ええw

というわけで、みなさんも、もっと自分自身を泳がせてあげること、してみませんか。

セッションをやっていると、そんなふうに、
このテーマ、わたしのこういう側面だよなぁ~ということが多いのですが
ともに、生きてるんだもんな~
ってふうに思うのです。

もっともっと力を抜いて、楽しいことだけやっていける人生、謳歌したいものですね。

脱力系人生万歳~っ(笑
れいあ
Posted byれいあ