花魔女★れいあ

花魔女★れいあ

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はい、れいあです。

わたしが長年取り組んでいるテーマというのが「恐れ」です。

かつて、祖母を介護しているとき、
わたしの一番の恐怖といったら、祖母がこの世の中からいなくなってしまうこと、でした。
しかし、その日がいつか必ず訪れることも、自然の摂理ですのでわかっていました。

ここでも何度でも書いていることではありますが
今年からの読者の方も多いようなのでお話させていただくと
わたしは2012年の2月まで足かけ7年ほど自宅で祖母を介護していました。
最初は要介護2でしたが、一時期よくなってきたものの二度目の骨折のときから
本人はリハビリの気力も生きる気力もなくなってしまい、
これまで介護はわたし一人でやってきましたが
父親が早期退職をし、介護に加わってしばらくし、神奈川の現在の家で祖母の介護をするようになりました。

介護の経験がある方ならわかると思いますが
介護を受ける人のADL(日常生活動作)によりどこまで介護が必要なのか、
それにより介護の仕方やかかわり方が変化します。
たとえば
着替えることは一人でできるかどうか⇒祖母はできなかったので介護が必要
食事は一人でできるかどうか⇒最初はできたがだんだんでいなくなった
トイレは一人で行けるか⇒最初は付き添いがあれば立位歩行できたができなくなった
というように、
その状態を維持できればよいのですが維持できなくなり、徐々に力は衰えていき
認知症の問題があれば、それはなおさら大変になります。

そんな状態でしたが東京に住んでいた頃で、最初のころは、まだわたしだけでもなんとかなっていました。
しかし歩行がつかまってできるかどうかだったのにもかかわらず、一人で「歩ける」と思い
目を離したすきに歩いていき、トイレで倒れていたことも何度もあって
そんなわけでやむなく「常に見ている」状態になっていきました。

介護しはじめて少ししたとき、
骨折し、手術、歩行困難になったのは突然の出来事だったため(誰でもそうだと思いますが)
ベッドでこの先の自分を案ずる祖母。
父方だったのですが、祖母は父親に本音はなかなか話せなくて
「あんただからいえるんだけど」というふうに介護以前からもわたしにいろいろ打ち明けることが多かったです。
父親には「ほっといてくれ!」のように強気に接していた祖母も、徐々にそれが父親とわからなくなっていきました。
わたしのことは常にそばにいたからか最後まで覚えてくれていたのですが
言葉として声に出せるうちは、わたしに対して
「怖い」
「一人にしないでほしい」
ということはよく話していたんですね。
認知症が進行したからなのか、言葉を忘れてしまうようになり、
言葉として私に何をしてほしいのか、すら、伝えられなくなっていきました。
ですから感情についても、だんだんどんなふうに感じているのか、わたしに伝えることがなくなっていきました。

祖母がそうだったのでやはり祖母を介護するにはヒーリングとダウジングが欠かせない状態でした。
そしてわたし自身もちゃんと祖母の介護ができるように
わたし自身もヒーリングは必須だったのです。

そんな中にあって、ふと過去世で祖母と出会ったときどんな情景だったのか、
そんなことがフラッシュバックのように目の前の映像に現れていた時期があったので
そのとき祖母とどんな関係だったのかのストーリーを話しました。
祖母とはとても親しい友達だったようなのですが
ずっと前に祖母をひきつれてプリクラで写真をとったとき
祖母は「大親友」という文字を入れたいといって、そのプリクラを大事そうにお財布にはっていつも見ていました。

わたしは過去世でのお話をファンタジーとして伝えたのですが
祖母は「わたしその風景みたことあるよ」といったのですごく驚きました。

わたしがフラッシュバックで見た過去世でも祖母のケガの手当てをしていて
その看護もやむなく、というかんじだったのです。
だけど今回は「最後までわたしはやったからね!」というかんじでのお見送りという様子ではありました。

しかし祖母を介護して7年。
それだけの準備期間?があったにしろ、祖母と別れる日が来るのはわたしにとって「恐怖」でしかなかったわけです。
頭の中でネガティブなシュミレートをしてみたり、最悪の事態を常に考える癖がもともとあったので
介護をしているとき、そのようなことを常に考えている状態でした。

今でこそそのようなネガティブなシュミレートを繰り返すことは
自分のハートをすごい傷つけていじめていたんだなと思うのですが
実際にこういう場においては、どうしても、ネガティブな状態を考えてしまうというかんじでした。
それはどこからやってくるかといえば「恐れ」でした。

ではなんで「恐れ」なんだろう?

ということに当時はスポットライトすらあてる余裕がありませんでした。

10月の下旬に書いた記事で

流されなかった涙と父親の記憶
http://funkysista.blog88.fc2.com/blog-entry-3139.html

ということを書いたのですが
この当時、オーラソーマのタイタニアというボトルでワークをしていました。
あの記事を書いたあと、自然と涙をすることもなくなってきました。
父親との問題は解決したと思えませんが(苦笑)
流せずにいた涙を流すことに意味があったのだともとらえられます。

昨日からわたしは新しいオーラソーマでワークをはじめました。
それはB031 The Fountain(泉)というボトルです。

今回これを選んだのはやはり大天使ジョフィエルでした。
わたしがまず選ばないであろう色なんだよね・・・

これがなぜ選ばれたのかというと、そのテーマにあったようです。

チャクラ :太陽神経叢、ハートチャクラ
メイン テーマ: 深い恐れに打ち勝つ
アファメーション: 私は恐れを手放し、心の中の太陽を見つけます。

スピリチュアルレベル:
「心の太陽」とコネクションを持つこと、つまり内なる幸福を見つけ出すことを助けます。
自分の内にある牢獄(条件づけされたパターン、または自ら制限しているものなど)の扉を開きます。
観察力が鋭くなります。
また、ディーバや大地の精霊とのつながりをもたらします。

精神的レベル:
トラウマ(傷を残すような大きなショック)を受けたあとで、精神的な安定を取りもどせるようにします。
精神的混乱を解決します。
希望を与えてくれます。
使用者が自分の内なる真理とつながることができるようにします。

感情的レベル: ハートからの決心をするときに役立ちます。
歓びのない生活に幸せをもたらします。
恐れやトラウマとなるような体験を手放すサポートをします。
話すことに関わる一般的な恐れにも役立ちます。


これをつけた翌朝、わたしは悪感がすごくして、ぞくぞくして、汗をびっしょりかいて目が覚めました。

しかし・・・実は前回のボトル、タイタニアをつけたときくらいにもこんなかんじあったかも、時期的にはうる覚えだけどそんなことがありました。

このようにヒーリングをすることで、すごい汗かいて目覚めることが過去にもありました。
ホメオパシーを一番最初にとったときがそうだったのです。

わたしはホメオパシーのAcon.アコナイト 30Cをとって、寝たら
翌朝すごいガクブルして、
アコナイトの意味そのものが悪夢や恐怖によいとか急性症状にいいレメディなのですが
30Cなのにもかかわらず、ガツンときてしまいました。
しかしその症状は最初の一回だけで、それ以降はありませんでした。

そんなふうなのも好転反応のうちの症状なんだろうけど、ちょっときつかったですw

昨日は音叉をお店にもっていき、
キネシオロジーで院長に選んでもらい、選ばれた音叉が太陽神経叢対応のチューニングフォーク。
ならしてもらっても最初なにも感じないのですけど、クラウンがすごい熱くなって
次にみぞおちの背中の部分のほうがとても熱くなりました。

チャクラっていうのは身体のセンターで渦巻いているエネルギーなんですが
そのチャクラより前方向へ渦をまいているエネルギーと
後ろ方向へ渦を巻いているエネルギーがあるんですね。
そして第一チャクラは地面から上に向かって、第七チャクラは天に向かう渦があるんです。

わたしが反応したのはおなかのほうではなく、背中のほうにある方向のものだったのですが
音叉、やっぱいいかもと思いました。
セッションにいらっしゃる方の多くはエネルギー的に敏感なことが多いので
逆に音叉のようなもののほうが効果が感じやすいかも?とも思いました。
院長は第五チャクラが選ばれたのですが、のどをチューニングしているときのどが暖かくなったそうです。

わたしがなぜ祖母がこの世の中にいなくなることがそこまで恐怖だったのか、は、
今になってならわかります。

過去世的なものも考えられますが、心理的に自己分析してみると、
わたしは小さい頃から父親に暴力を振るわれ、母親はそんな状況にあっても守ってくれず、
逆に、父親に怒りのスイッチを何かしら入れてしまったわたしが責められていました。
父親にも、母親にも守られることなく、というふうに思ってずっと思春期をすぎてもそんなでしたけれど
わたしはそんなとき守ってくれる存在が全くいなかったといったらうそになります。
祖母と祖父、叔父がわたしを守ってくれました。
わたしは何か悲しいことがあったり怖いことがあると祖母に泣きついていたことを思い出しました。
つまり、祖父母に守られていたのです。
小さい頃、暴力から、つまり身の危険と感じた状況から守ってくれた祖父母は
わたしにとって離れることが身を引き裂かれるくらいつらいと感じてしまうのも、
今考えてみればそれくらい小さなころだったので無理もありません。
母親に対する分離不安はないのですが、祖母に対してそれが強くあったというわけですね。

しかし小学6年のとき神奈川に引っ越しするときになって
そこには祖父母はいかない場所でもあったので
わたしにとってそこは地獄でしかありませんでした。
つらい思いというよりも「私はひとり」という「殻」のようなものを作り始めたのもこの時期からでした。
だけど自分を守るために、その殻やネガティブな思いはどうしても必要だったのです。

今父親がテレビで虐待事件のニュースを見るたびに
「こんなことしてひどい親だな」
ていってるのに、自分のことを棚に上げてと吹きそうになるのですが(苦笑
うちの場合は酒乱とアル中がありましたから
自分であって自分ではないので他人事のようにいえたのかもしれないですし、
親は自分が正義と思ってしつけだと思ったのかもしれません。
しつけというよりもコントロールの対象でしかなかったのかもしれませんけどね。

しかし子供にとって自分を無条件に保護してくれるものは親しかないんですよね。
じゃなければ自分に殻を作って守ろうとするよりほかないわけです。

アイデンティティーが大人になって確立されてきた今、
目の前に起きたこと、見えている事象って
すべて「自分の心の中で起きていること」のあらわれでもあるのです。
ですから自分の心を浄化して、保護する状態を保つことで
きっと未来は開けてくるはず。

恐れと向き合う、その根本原因はなんとなくわかっていたけれど、
ずっとそれについてのヒーリングまで取り組むかんじではなかったのですが
今ようやく深い恐れと向き合い手放す準備ができたのかもしれません。

わたしは祖母がこの世にいなくなり、しばらく「もうわたしには怖いものなんてない」という気持ちでいました。
でも怖いものって、根本がヒーリングされていないと
心の中で次から次へと恐れが生み出されてしまうものなんだなと実感しました。
気づけば些細なことで恐れに反応している自分にも気づきました。
「おかしいな、もう怖いものなんてないはずなのに」そう思ったのだけど、
気づけば「わたしなんてどうだっていいや」という「自分を愛せない自分」が見てとれて
「わたしがわたしをしっかり受け止めて守ってあげることができていないから恐れが強いのかも」
と恥ずかしながら、ようやく気づいてきたところです。

この世に生を授かるということは、
生きることによりいろいろな体験をし、いろいろな感情体験をするということでもあります。

この図、陰陽五行においてよく見かけるものですが、相生(○)と相剋(☆)関係を示したものです。
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こちらの図も同じく五行なのですが
土用なんかの説明はこちらのほうがわかりやすいかもしれません。
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この図(方角)で土は中央にあります。
これって人間が大地で生きてきて、さまざまな感情を体験する
という意味にもとらえられます。

北方向にあたる水(腎の感情)が「恐れ」にあります。
東方向にあたる木(肝の感情)は「怒り」。
西方向にあたる金(肺の感情)は「悲しみ」。
南方向にあたる火(心の感情)は「喜び」。
そして中央にあたる土(脾の感情)は心配や憂い。

喜び以外いらないと思うかもしれませんが
他の、一見ネガティブな感情にも学びがあります。
そんな学びいらないから!って思ってしまうけど、
ネガティブな感情があってこそ、喜びは深くなっていきます。

恐れの感情は、例えば車が急にきて「危ない!」って思うでしょう?
そんなかんじで本来、身の危険を感じたときにお知らせするためにあるものではありますが
恐れの多い中幼少期を送ると、怖い感情を過敏に感じてしまいやすくなります。
もしくは解離のように自分から自分を切り離してしまい何も感じないように感情を麻痺させてしまうことで
過去の記憶が抜け落ちたりすることも。
わたしは暴力体験によるトラウマからパニック障害になり、解離性障害も患っていました。
投薬をしても根本がわかってもわたしは自分の癒し方を知りませんでした。
しかし、ヒーリングに出会うことで感情に平和が訪れる感覚を初めて知り、
わたしのこれまでの心の病気体験は時間の無駄に思えるようになり、再びうつ状態になりました。
スピリチュアルの世界を知るようになり、自分のことを様々から見ることを知り、
「少しは脱出したかな」と思ったときから介護がスタートしました。
だけどパニック障害も解離性障害も、介護もすべて時間の無駄ではなく、
いいわけではなく、それらの経験があるからこそ、今のわたしが作られているんだと実感しています。
今は過去にたまってしまったネガティブな感情や感覚を手放すことが必要なんですね。
それにより、わたしはより本来の自分に一歩ずつ近づくことができるんだと思います。
一歩ずつでいいと私は思っています。
一番大切なのは今の肉体にある喜びを感じることですから、
わたしは早く成長することより、今は、ひとつでも多くの感動と喜びをこの肉体で味わいたい気持ちでいっぱいです。

恐れの感情のワークはまだまだ続くと思います。
今回のボトルからまた何か感じること、思うこと、伝えたいことがあったら
またそのときにでもお伝えいたしますね。

最後までありがとうございました!