in メディアリテラシー

「情報化社会」において他を受け入れる、ということ

-- COMMENT
はい、れいあです。

太陽が双子座にあるこの時期に、情報のあり方について、ちょっと考えてみようかと思いました。

先月、親が一週間旅行にいっていたとき、
ラファエルにいわれていたことがありました。
それは・・・
「親がいない間はテレビは一切見ないように」
ということでした。
・・・というか普段からテレビを見ないので、親が見ているとき
自分が食事したり、パソコンやっているときに「流れている」ことはありますが
自ら「テレビ見よう」と思ってつけることって、ほとんどありません。

これはパソコンをやっている後ろにテレビがいつもついているので
或る意味わたしにとってテレビがラジオ化しているわけなのですが
目からの情報ってまったくなくて耳からだけの情報なのですね。
そんなことが多かったためテレビからの情報って結構どうでもいいことばかり
(自分にとって興味があることがない)ということがわかってきたんですけどね。
情報の取捨選択というのがネットの、特にスマホの普及で本当に広がりました。

ラファエルはこの間わたしのブログ更新以外は、
できるだけパソコンもスマホも見ないようにいってきていたんですね。
つまり「情報断食」のようなものをしていけというのです。

経験のある人もいるかもですが
うちの親なんかは、ヒマだなと思うとまずテレビをつけます。
でもテレビでやっている情報って、ながらで見ているだけだと
案外どんな内容かの詳細はあやふやなものなんですよね。

わたしはテレビは見ていなくて、親が見ているのを「聞いている」ことになります。
パソコンをうちながらなので、両方とも集中できませんが
それでもテレビからの情報って
ピンポイントでは耳だけでも覚えていたりします。

どこかでこの話題やってたな~番組違うみたいだけど・・・なんてことが
耳を通じてでもわかるものなんですよね。
でもそこで
「これこの間やってたよね」というと
「知らない、初めて」ということをいうわけなんですよ(苦笑

これはなぜかというと、わたしはクレアオーディエンスの能力が発達していることと関係があります。
クレアオーディエンスというのは別の次元とコンタクトするときに
耳で情報を得ることを得意としている「超感覚」になります。
以前アカシックレコードと「罪悪感」のためのエッセンスの記事において
クレアボヤンス(透視力)/クレアオーディエンス(透聴力)/クレアセンシェンス(超感覚)/クレアコグニザンス(透知力)
について書いているので
興味がある方はご覧になってみてくださいね。


自分にとって関係ない情報は記憶に残らなくとも、
自分には関係ないと判断された情報でも潜在意識にはしっかりと残っています。
つまり記憶にはないけれど、身体のレベルでは記憶しているというか
潜在意識では記録として「蓄積」されているわけです。
「サブリミナル効果」っていう言葉は知っていると思いますが
このサブリミナルという言葉は「潜在意識の」という意味があるようです。
そして潜在意識の性質というのは「ネガティブな情報」ほどより強いインパクトが残るんですね。
そしてそれは「エネルギー」として自分の中に蓄積されていくのです。

今は健康情報番組が毎日のように放送されています。
わたしはあれ、あまりいい気持ちがしないので、そのようなものですら見ないのですが
ラファエルもそれは同じらしく

「健康に対する情報よりむしろネガティブなインパクト(危機感)のほうが強い(番組内容)」

というようなことをいっていますが、確かになと思います。
先ほども書いたように潜在意識にはネガティブなインパクトのほうがより強く残るので
ラファエル的には、そういう心配もあるのかなと思ったりします。
このような番組においては「健康」とは名ばかりの「ネガティブな衝撃」のほうが潜在意識にインプットされやすいので
(テレビ的にもよりインパクトがあったほうがよいので余計にそういう傾向があるのだと思います)
こころの健康には、まったく役には立っていなくて、
逆に「もしかしてこの症状、○○かもしれない、この間テレビで似たようなこといってたし」
というふうに心配したり必要以上に不安になることのほうが病気になりやすいのだ
という内容をラファエルは伝えてきています。

ニュースにしても同じことです。
わたしたちに本当に必要な情報というのはどこからどこまでなのでしょうか?
中には殺人事件や詐欺事件で、どんなやり方をしたということを
図解や再現など含め、物理的手段を使って伝えたりします。
しかし・・・それって本当にわたしにいる情報なの?と自分は思うのですが、どうですか。
たとえば被害者の情報についても学生時代はどんな子だったとか、
そこまでの情報って・・・わたしには必要ないんですけどね。。。。
皆さんはどうですか?

そもそも新聞もテレビも既存の「マスメディア」という媒体は
あくまでも「既存」のものであり、現在はその岐路に立たされていると思います。
というのは、情報の取捨選択が広がってきているからです。
政治的なことをいえばテレビ局においては電波利用料が海外よりも格段に安く、
しかし広告料が思った以上に入らなくなった今、番組制作費については制作会社にそのツケがまわっています。
新聞社においては、消費者の増税について政府の問題を掲げながら
あまりおおっぴらには伝えられないけれど、軽減税率を主張しています(つまり増税対象外にしろと)
また押し紙問題(新聞社が販売店にノルマとして買い取りを強要し、売上を水増しし、配達されない新聞の部数がかなりある)も環境的問題としてあがっています。
つまり情報の入手方法はそれだけ多様化しているだけでなく
それまで新聞社やテレビ局がニュースを報道している、といいつつ実際は
政治的権力を握り、消費者目線のようにみせかけて実は人心をコントロールしようとしているということも
ネットが発達した現代では、多くの人たちが
「これまでメディアにコントロールされてきた」
ということに気づき始めています。

しかしだからといってネットがすべてにおいていいわけではなく、その問題は未知数なのです。
ネットだからこその怖さというか、わたしがネット、特にSNSなんかは
「同調圧力」がとても強いのが苦手なんですね。
今LINE関連の事件が多いですが、特に学生時代なんて
まだアイデンティティが確立されていないこともあるので
このような同調圧力も起きやすい。
それに日本人はもともとがムラ社会ということもあって
「足並みそろえることができない」という人を「村八分」にしたりもしてきたわけです。

東日本大震災では「絆」というキーワードが独り歩きしました。
そしてこのキズナは競走馬の名前にもなるくらい(そっちかよw)

このようなことは日本の美しさでもあるのですが、マイナスに力が働くと
同調圧力となったり下手すると集団ヒステリーをも引き起こしかねない。

これは日本人の「共感力」とも関係してくることで、
いわゆる空気を読んだりするのが得意というか、
「ここで空気ふつうは読むだろw」「暗黙の了解」とか「行間を読む」とか
「雰囲気を察する」ということが日本人は人一倍得意だったりします。

たとえば放射能関連の問題でも、誰かが
「放射能はよくないから原発は危険だから反対する」といったとします。
TwitterなどのSNSなどではそれと同調する人がエネルギー的にも集まりますから
自然に同じ意見を持つ人が集います。
しかしその中でちょっとでも違うことをいうような人が出てくれば
いわゆる同調圧力が働いて、違う意見の人を叩いたりする人もいるようで、
他の意見を受け入れることをしないことも、最近目立つような気がしてます。
「いや、自分は原発も別にアリなんじゃないの?」という正反対の意見を持つ人は許すことができない
というエネルギーの集団になりがちな状態ですので
何故その人は、自分とは正反対の考えを持つのか、
その理由すら、情報を取捨選択しているため、自分の欲しい情報ではないため、
反対意見の真意までは、なかなかきくことはありません。
もしくは、その中で反対意見を言う勇気がない、もしくは言わないことで摩擦を起こしたくない
というふうになっていき、
本来のコミュニケーションである
「相手を受け入れる」
ということがむつかしくなっていきます。

そのいい例が「炎上」であるのだろうなと思うのです。
現在では「炎上商法」といわれるようなビジネスのやり口まで出てくる始末・・・

そのような同調圧力の中ではパニックも起きやすいので
ネットについてもそれなりの距離感が必要なのです。

・・・と、ここまで書いてきましたが
テレビや新聞といった既存のメディアもそろそろ変わらないといけない時期だと思うのですが
ネットはまだまだなかなか統制がとりにくく
日に日に進化していっていることも、それをさらにむつかしくさせているかとおもいます。

こうしてわたしがブログに思ったことを書いたりしているのは
「情報の整理(Output)」の意味合いが強かったりします。
しかし、今テレビや新聞以外での方法で情報が入手できます。
Inputが多くなるだけでなく、
Outputの方法も様々あって、
ネットやスマホだけでも、BlogやTwitter、Facebook、LINEという形のみならず
Instgramのような写真の投稿とかがある一方ボケて(http://bokete.jp/)とか
ニコ動やYoutubeのような動画サイトなど数えきれません。
(ボケてはどうとらえるか様々ですがww)

情報を入手するだけでなく発信する、またはシェアして共有していく、
というふうに情報のインプットとアウトプットに関するアルゴリズムが実に多様化していることがわかりますね。

人間はエネルギーによってなる存在です。
たとえばテレビやマスコミの問題は偏向報道だったりバイアスがかかったニュースが多いです。
一方ネットについても書いてきたように、集団的な心理が働いたりするため
情報の取捨選択がいくらできるのがネットの便利なところとはいえ
ネガティブな方向に舵をきって、その情報ばかり調べてしまっていては
やはり体にも心にも目にもよくないですよね。
それに情報操作をしよう、コントロールしようという意味合いでは
テレビや新聞のみならず、ネットはその同調圧力を利用されやすいという点もあります。

テレビや新聞、ネットやスマホに限らずとも
わたしたちは生きているだけで、情報を毎日取り込んでいます。

目にしたもの、耳にした音、触ったもの、口にしたもの・・・・
感じたことすべてが「情報」であり、潜在意識へ蓄積されていきます。
「情報」はエネルギーなのです。
つまり振動、バイブレーションです。

よく部屋を片づけることで物理的なものを排除し、
新しいエネルギーを入れよう、ということがいわれますが
こと、目に見えないことについて、人間はどうしてもおざなりになりがちです。

「情報」についても、時々それらを浄化したり
しばらく情報をできるだけ少なくする時間を作るなど
情報の断食(断情報?)も必要です。

今目に入った、耳にしたものは、どんな印象を受けましたか?
どのような感覚を覚えましたか?
どのような感情を抱きましたか?

たとえばいつもテレビを見ている人は
一度目からの情報をシャットアウトして、耳からどんな情報を拾おうとしているのか
印象に残っている言葉をチェックしてみるのもいいかもしれません。
(わたしのばあいはいつもこれをやっているような状態でパソコンやってるんですけどねww)

ネットで調べものをするときは、検索履歴などを見て
どんな情報を自分は求めていて、どんな心理状態にあるのか
一度立ち止まってチェックするといいと思います。

情報に触れるとき、一度、ちょっと距離をもって
自分はどのような情報をよく集めたがっているのかを知ることも大切です。
それは、自ら、ネガティブなもののマグネットになっている可能性もあるからです。

ちょっと立ち止まってみることは
五感をはぐくむ姿勢にもつながり
自らを成長させようとしているものを自らとめていないか、など
色々な気づき、がそこにあると思いますよ★
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