In Loving Light & Universe, Heal the World

格差社会

2007年05月24日
れいあ流生き方
毎週水曜日はラテンの日。
おばーちゃんと夕食をすませて片付けを終えて寝かせてから家をでる。
従って帰宅が夜中になる。

夜0時すぎ、寝静まった自宅商店街付近をひとりのおばぁさんがカートというかスーツケースみたいなのあるでしょ?
それをもってとまっては歩き、止まっては歩きしてたの。

この近所も年配が多くて、時々徘徊老人といわれる人もいる。
名札をつけていることが多いけどそのおばぁさんはつけていなかった。
埼玉に祖母の妹でやはり80歳に手が届きそうな年齢の人がいますが一人暮らし。
もし認知症になって一人暮らしだとしたら
家族の手によって名札なんてつけることはないだろう。

あたしはそんなことを考えてそのおばぁさんがいるところの道をいったん曲がって入り、そこにあった販売機で買い物をしてるふりをして数分考えた。

よし、行こう!と思い、もうそのおばぁさんが過ぎて歩いていってしまってることをどこかで願いつつ
その歩いていた付近まで行ったら銭湯が昔あったところでずっと立っていた。

状況がよめないこともあって、しかも夜であることも手伝い
あたしは一度そこまでいったのに引き返してしまいました。

自分がふがいなくて仕方ない。
もしそのおばぁさんが困っていたら、何か手助けできたかもしれないのに、
そのおばぁさんが認知症だとしたら話が通じない。
逆に困っていて、家族と喧嘩とかして家出とかしたならば(スーツケースだったので)
うちにとめることなんてできない。

変な話、小さい頃、子猫を拾おうとして家に持って帰って「うちでは飼えないから」といわれて泣く泣く返したことを思い出してしまった。
子猫とかいうレベルじゃなくて人間だけど
あたしは小さい頃から何一つ変わっていないじゃないかと自分を責めた。
だってこれでも去年から病院とかケアセンターとかで
祖母だけでなくいろんな年配の人と接してきて、
最近では高齢者心理学の本も何冊も読んでいるのに
ほかの人たちよりはわかっていると自負していたはずなのに、
あたしは何もできなかった。
いや、何もやろうとしなかった。
そんな自分がとってもふがいなくて仕方なく
悲しくなって帰り道涙がこぼれてきた。

だけどそれ以上にそのおばぁさんのそばを、それまで何人もの人が通り過ぎていったのに
みんな何一つしていないじゃないか。
なんでみんな平気な顔をして通り過ぎることができるのだろう。

...いや、あたしもその一人なのだ。
そんな自分がいやで仕方ない。

祖母が以前まだ歩けていたとき、外でころんで立てなくなってしまったらしく
だけどみんな通り過ぎても誰一人として助けてくれなかったよと話していたのを思い出した。
みんな自分のことで精一杯なのはわかるけど
逆に優しくする人は詐欺とかくらいしかなんでいないのだろうって思う。
こんなんじゃきっと、高齢者の人たちの心はもっともっと硬く冷たく閉ざしてしまうだろうに。

第一この国の政治というのは、というと話が大きくなるけど
子供にはかなり甘い政治になっている気がしてならない。
過保護になっているわりには子供をちっとも守れていない。
だけど「地域格差」というのもかなりあるし問題になっている。
この格差というのは地域に限ったことではないけど。

うちの地区では中学生まで医療費はタダ。
そうやって子育て支援ということをして少子化対策をしているけど
老人からは税金をかなりとる。
というか一般サラリーマンなんかからもかなりとるけど。
介護保険を若年者からも徴収する法案が出ていたけどつい昨日、否決された。
一方今日のニュースでは57歳の人が90歳の老人の家に
「薬を飲む水をください。隣では断られた」
といってあがりこんでお金を盗みつかまっている。

そもそもいったい誰にとって都合のいい政治なのか。
政治家にとって都合のいい政治でしかないわけなのだから。
「孫の世代のために」「未来の日本のために」
といいつついったいどれくらいの政治家がそれを実行できていることだろうか。
政治不信とか世論を変えていかない限り
自分のことで精一杯な人たちの心なんて動かせないと思うし
こういった地域格差はますます激しくなるだろう。
財政破綻だって夕張に限らずでてくるだろう。
だって高知の東洋町に核廃施設応募というのも結局は補助金がもらえることが発端だったわけだし
実際町長選挙では賛成派と反対派が分裂した。
ちなみに高レベル放射性廃棄物の放射能は半減するのに1600万年かかるといわれている。
要するに悪い言い方をすれば町を売ったわけだけど
それだけ地域格差が問題になっているのが浮き彫りになったわけだ。

*

そもそも昔は、昔といっても、あたしが生まれる前かもしれないけど、
たとえば水戸黄門じゃないけど(まぁあの人はいろんな武勇伝があるけど(笑;)
あんなイメージで御年寄りっていうのは「智慧」をもつ人としてあがめられてきたと思うんだ。
それをコトバで表現するとしたら「翁」だろう。
これは男性の老人、つまりおじいさんに対する「敬称」だ。
昔の老人には「智慧」があった。
それをまわりは敬うことも多かった。
確かに昔は「姥捨て山」といわれるものがあった。
まぁ「まんが日本昔話」で育った世代なんですけどね(笑)
今考えたら「姥」はおばぁさんにあたるわけで
「姥」は捨てられておじいさんは「翁」と敬称される人もいるというのは
男尊女卑が現れているってことなんだろうけどね。
(よくわからないけど)
こういう高齢者を敬わない風潮は、何度となくここやあちこちで書いているけど
核家族が原因のひとつだって思うんだよね。
父の日が近いけど「父親不在」といわれているのも
結局は父親が子育てに参加しない以前に働きすぎで家にいないことが多いわけだし、
今は母親も働いていていないことが多い。
要するに両親が家にいないことが多い。
朝食を一人で食べたり、子供時代から一人でいることが多い。
誰もいない家で一人で出来合いのごはんを食べて、
せいぜいゲームかパソコンをやって塾に行くパターンだろう。
これでは心が豊かになるはずないよね。
勉強勉強というのではなく、といってゆとり教育になったけど、今度は「学力の低下」として再び勉強しろという。
だけど両親は相変わらず家にいないのならばこの先子供たちはどうなってしまうのだろう。
それでいて少年犯罪は、とか近頃の子供は怖い、というのはちょっとオトナのご都合主義なのではないか。
あたしは子供がかなり苦手なのですが、だけど彼らに同情はしています。
両親が「働かねばならない」状態=給食費すら払えない経済事情があるのならば
それはさらに上の問題=政治の問題ということになるわけだろうから
今首相が教育問題をメインに取り上げているわけだけど
これは慎重に論議すべき内容であるだろうね。
ワタミの社長がきちんと決まらなければ「委員会といいつつ何やってるんだといわれるのではないか」といっていたけど
あせってしまっては仕方ないだろう。
まぁ今の首相はデマゴーグ(demagogue:扇動政治家)というかんじじゃないのでこの先手腕が問われるね。

食育が結構いわれているけど
食事は「一緒に食べる人」というのはかなり重要だって思うんだ。
「クチに入れる」という行為はフロイト心理学からいっても重要なこと。
いくら「個の時代」とはいえ、子供のときからずっと一人なのはかわいそすぎる。
密に接してあげるべきだって思う。
普段ほおっておいて下手に密に接しようという「親のフリ」をしてしまうから
子供はキレて親を殺したりするケースがでてくるんだって思う。(もちろん一概にはいえないけどね)
あたしと父親が祖母の介護をしているけどほとんどあたしが密に接しているし介護をしているので
祖母が問題行動を起こしたときに父親が上から「ダメだ」といってもやはりきかないかウツになるかであって
いつも一緒にいるあたしのいうことしかきかないのだ。
要するに密に接してコトバを聴いてあげることは祖母の気持ちがわかっているかどうか、ということでもあって
これは子育てとも一緒、いや、
人間の心理がそもそもそうなのだろうなと思う。
こんなふうにあたしはいつも祖母と密に接していたからこそ、今こうやって介護を続けていられるのであって
離れていたらきっと面倒をみていなかったかもしれない。
だからあたしは核家族の問題と食事の問題が心のゆたかさにつながるのだってずっといい続けているんだ。

摂食障害の多くの原因は母子関係にあるといわれているし、
それがダイエットなどを契機にふとしたときからはじまってしまうことが多いのだから
小さい頃の親子関係はとっても重要なのだよね。

幸せっていうのは結局は心の豊かさだって思うんだ。
欲望を満たすというものは幸せではなくてどちらかといえばエゴイズムだって思う。
心が豊かでない人が増えれば真の幸せからは遠ざかるのも無理はないだろう。


先日平均寿命が発表されて、女性は世界第一位で男性は世界第二位だったという。
今は「長生きして何が面白いのか」という傾向にもなってきている。
アンチエイジング=抵加齢ということだけど
この「アンチ」というコトバから、年齢を重ねることがよくないという意味合いにもとれる。


「近ごろおかしい」といわれて久しい。
みんな気づいてるけど気づかない振りをして生きている。
いや、そもそも、もっと前からひずみはあったのだ。
それに気づかないふりをしているうち、本当に気づかなくなってしまって麻痺してきてるんだ、みんなが。

流されて生きていくとラクだと思う人が多い。
だけど「流される」生き方と「流れに乗る」生き方ではまったく意味合いが違ってくる。
そもそも「自分勝手に生きる」ことと「自由に生きる」ことは意味が違う。
自由には必ず「責任」がある。
楽なほうに楽なほうに「流される」道を選ぶと人間は堕落してしまう。
人間だからこそ理性を保って生きている。
責任転嫁をする人と、人の責任を必要以上に被ってしまう人。
誰かの責任を必要以上にかぶって自殺に追い込まれている人のなんと多いことか。
そんなふうに二極化しているのかもしれない。

今は多くがきっと気づかないうちに、いや、気づこうとせずにみんな流されて、
嫌なことには目をつぶって生きているんではないかって思う。
そうでもしないと自分が自分として成り立たない、
それがいわゆるストレス社会の弊害なのかもしれない。

そして、あたしも結局「流された」うちの一人なのだ、
本当、今日はふがいない気持ちだ。

心がとっても、痛い。
そうしてまた、痛みに目をつぶって
ごまかして生きていくんだよね。
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