In Loving Light & Universe, Heal the World

看取りと死生観(再編集version)

2012年06月22日
介護・医療
はい、れいあです。
本日はいきなりこのタイトルで重々しくしてみようかと思っておりますw

というのは、、

欧米にはなぜ、寝たきり老人がいないのか
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=60441

これを読んで思うことが色々あったんですね。

これまで介護を6年にわたりやってきたこともあって
老年期の心理なんかも介護当初学んできてその実際にあたり、微妙なずれなどもあり、
なおかつダウジング介護をずっとしてきたため
祖母に選ばれたエッセンスから祖母の心理を知ったり(オカルトですまないねw)
そんな介護をしてきたれいあさんに

看取りと死生観についてなんか質問ある~?w

って軽いノリも含めてやっていこうかと思いますw



上記を読み進めると日本の医療や福祉のあり方も考えさせられます。

日本の場合、嚥下ができなくなるなどで経口での食事がムリとなると
胃ろう(以前石原(自民の息子)氏の発言で
エイリアンみたいとかいわれて物議をかもしたあれです)になるケースが多いです。

そしてうちの祖父も胃ろうだったんですね。
脳梗塞の後、認知症が相当すすんでそうなったのですが
胃にドレーン手術をし、胃に直接栄養剤を注入していくのですが
「食事」といっても口から味わって食べることなどできず
祖父が「隣の人はアンパン食べてるのに何で俺は食えないんだ」
っていったのすごい覚えてます。。。

さて。そこで、この状況、
あなたならどう思いますか?
それこそ死生観に繋がるのです。
人生の最期の時、これにどう向き合い、どう考えるかは
生きることを考えることでもあるのです。

1.そこまでして生きてるだなんて生きてるだけかわいそうもしくは生きてるだけ無駄
2.直接食べられないかもだけど、別のことでなんとかしてあげたい
3.それ以外 いろいろ

あたしはどれだったでしょう。(2ですけど。。)

上記の記事によれば欧米ではこのように胃ろうのような状態や延命をしないため
「寝たきり」がそもそもいないということらしいのです。
つまりそういう状態、そういう時期が来たら「死を受け入れる」ことが重要だというのです。

いわゆる尊厳死や脳死など含め死生観や看取り、死後の世界を考えることは本来は宗教の役割でした。
そして死生観はスピリチュアルとも本来はつながっています。

あたしはホスピスとかの関係で彦根市立病院の緩和ケア病棟の黒丸先生の講義をかつて何度かきいて
介護をしている間よく「終末期医療」について考えました。

確かに重いテーマなので、ぶっちゃけ
今回タイトルだけしか見えないツイッターなどで見かけた方などは
「興味ない」「関係ない」でスルーしたことでしょう。
だけどいずれ自ら誰しもが向き合うことでもあり、親についてなど含め
向き合わなくてはいけないと思ってる人もそれなりにいるはず。

黒丸先生はヒーリングやスピなどに理解のある先生なのですが
日本の場合明治の神仏分離令以降無宗教である人が多いことも
心理的バックグラウンドに関係してくるかと思います。

廃仏毀釈などの歴史から葬式仏教や
神社仏閣などでも「ご利益」をメインにしているため
宗教を通じて死生観を考えるのは、どちらかといえばタブーになっている空気があります。

一方スピリチュアルになると、死生観や死後の世界というよりも、
「今」の自分をどう生きていくのか、魂の成長などがその多くなため
中にはスピリチュアルエゴに陥っている状態の方もいらっしゃいます。

「今を楽しく生きる」ことをメインとしていることはいいのですが
間違った解釈をしてる方は、スピリチュアルな生き方をされているつもりでも
客観的に見ると物質主義の罠にハマっているのにそれをスピリチュアルだと信じて気づかない方もいます。

また、宗教は好きではないという人が多いのも
グルのエゴかどうかすらわからないでマインドコントロールされてしまうようなケースを
メディアが喜んで報道することが多いため
表面ばかりでその本質はどうか、わかりづらいケースもあるんじゃないかと思います。

宗教だけ税金払わなくていい税制とかも宗教嫌いを増やしていますよねw
もしくはカルトに対する嫌悪感でしょう。
あたしもカルトは嫌ですがオカルトは好きです(w

スピ的にいえば「宇宙の流れ」を信じるとか「絶対的な存在」を信じること、「根源を信頼すること」は
愛で生き、慈悲を知ることにも繋がるのだと思います。

しかし信じる気持ちは大切ですが、それにより妄信したり狂信してしまうのは、ちょっといただけませんね。


自分はそこに ありますか?

あなたは何を 信じてますか?

あなたは死んだら、どうなると思いますか?


2008年に友人の家で、スピリチュアルヒーリングの会みたいなものをやったことがあって
お話を一人ひとり個別に聞かせていただき
オーラのヒーリングやカードリーディングをしたことがありました。

そのとき、お話を聞かせてもらったとき
「死んだらどうなっちゃうのか、それを思うと怖い。
大好きだったおじいちゃんのことを毎朝思って、仕事に行ってる」
ということをきかせてもらいました。

あたしは「死んだらどうなっちゃう」っていうふうに考えたことがあまりなくて
むしろうつ症状の時代は、死に対する「憧れ」が強かったんです。

うつ状態だったときは、今になってその状態をたとえるなら「絶望」です。
だけど当時のあたしは絶望だなんて思ってはいませんでした。

意外ですか?

うつ症状をわずらったことがない人から見ると
うつだと絶望ばかりがクローズアップされるし、
実際あたしは年中死を口にしていました。
友達に「私が死んだらこうしてほしい」そういうメールを送ったこともありました。
・・・まぁ振り返ればそれからまだ10年ちょっとしかたっていないのよね。。

それくらいフラワーエッセンスって自分にすごくあっていたんですね。
エッセンスに出会って劇的に変わっていったんです。
それは今はおいといて。

今思えばいたのです。絶望の中に。
でも当時はなぜそう思わなかったのでしょうか。

陰陽。
すべてのものは光と影がある。

当時は光が見えませんでした。
だから真っ暗だったので絶望の中にいると、笑う感覚というか
なんていうんだろう。。まったくもって今見ている世界と違ったのです。

通常のよくある「気分の落ち込みが激しいヤツ」って思いがちなのですが
それがまったくもって誤解というか。
気分の落ち込みが激しいとか、そういう「動き」がないんです。
だから落ち込んだり、そういう人をみると「鬱」っていったり思ったりって人はいるけど実際はちょっと違うのです。

当時のあたしは「タナトス」(死の欲求)しかありませんでした。
フロイトは人間の欲求をタナトス、エロス(人間同士の愛)アガペ(神への愛)にわけました。
当時のあたしはアガペの感覚などもちろんわかるはずもなく。。
今でならさきほどの「根源を信頼すること」がこのアガペなのかなと思ったりできます。

こんにちは、タナトスの世界に生きていたれいあですw

で、話が飛びますけどよろしいかしら?w



祖母は昔、あたしが小さいころ、幼稚園あがるまえとか、いつも
「私が死んだらこれをあげる」などと話してきました。

祖母はそんなつもりがなかったにしても
そのことを年中きかされて
「おばぁちゃん死んじゃうなんてやだ」って泣き出したりしてたんです。
いわゆる「分離不安」につながるのでしょうね。

分離感というのは、人間生まれてきて宇宙で「ひとつ」だった魂が
地上に肉体を持って生きることになって生まれてきたとき、
人は分離感を肉体・時に感情レベルで覚えます。

宇宙ではひとつであり、完璧な存在であったため
生まれた時何もできない状態であるわけですが
母や父の愛をはじめ、たくさんの人々の愛に支えられ生きていくのです。
あたしたちは生まれてきて、そうやって愛を学んでいき、育んでいきます。

あたしは家庭の事情があり両親の愛を小さいころ感じることがほとんどないまま育ちました。
しかし祖母とは特別な絆でむすばれていました(過去世レベルでの)

でも分離不安でいっぱいだったあたしが、祖母を看取ろうとか言い出すなんて、まさかね。
よほど腹くくったかがおわかりになるかと思います。


だけど「おばーちゃんが死んだらね」っていう祖母の小さいころの言葉、
介護をするようになって祖母は自ら死についてほとんど言わなくなってしまったんです。

一方こんな記事もあります。

高齢者は死を恐れない
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=59816

本当でしょうか?
死を恐れないとは、ちょっと違うものだとあたしは思っています。

本人に手術の話をしてみると
「自分はもう十分に生きた。これ以上は生きていたくない。友達もみんな死んでしまった。早くお迎えが来て欲しい」と言いました。
私が「死ぬのは怖くないのですか」と聞くと、
「全然怖くない。時々、死んだ友達が足もとに遊びに来る」と答え、死を達観しているように見えました。


心の病をわずらったあたしが言います。
うつ病で自殺者が多いといいますが、それは「死を恐れない」とはちょっと違うんです。
高齢者のこういうケースの場合、うつ症状にも似た、高齢者のうつってあるのです。
しかし、ややこしいいことに、うつ症状は認知症とも似ています。

でも脳の働きについての状態を考えれば
これらが同じような状態といわれても、わかる気がします。

この記事は認知症センターの病院の先生がかかれたものでありますが
心の病を患い、治ったと思ったら介護をすることになったあたしからみると現状はちょっと異なると思うのです。



ある日祖母が、東京に住んでいるとき、
まだ認知症がひどくなっていない状態でしたが
祖母は思うように自分をコントロール(排泄とか)できないような状態でした。
これまで自分で全てやってきたこともありプライドが許せなかったのでしょう。

歩けなくなり、車椅子など、人の助けを得て歩くことになり(この状態は要介護2くらい)
そして、身体はどんどん衰えて、起き上がりもなかなか一人では困難になり
排泄機能も意思に反してコントロールできなくなったとき(要介護3くらい)
酔った父親が、そんな状態の実の母を見て殴ったことがありました。
(というか晩年は毎日暴力の日々だったのですが)

暴力は人の気持ちを萎縮させます。
暴力は認知機能もどんどん悪化させていきます。

しかし父親にはそんなことわかりません。
いや、わかろうとしません。
わかりたくない(母親がそうだと認めたくない)のだろうと思いました。


あたしはそんなことで暴力を奮い続ける父親に対し相当の苛立ちを限界まで感じてました。
一方、思うように動けない祖母をあたしが支えることも限界で
やはり男手が必要なので父親に頼らざるをえない、そんな祖母を守れない自分がいやでなりませんでした。
そして母親が何一つ手伝わないことも不満でした。
何も連絡すらしてこない弟も。。。

みんなみんな大嫌いでした。

しかしそんな状況を引き寄せているのは自分であることもわかっています。
あたしには祖母を守らないといけないという使命感がありました(カルマのレベルですが)

息子(父)に暴力を奮われたとき祖母はヒトコト父親にいったのです。
「私のことを殺してくれ!」と。
それはそれは壮絶な経験でした。あたしにとっても父にとっても。。

そんな中あたしは父親の気持ちもわかる、だけど祖母を守らなくては・・・
だって祖母は一人では生きていけないんだもの・・・
祖母に手を上げるのであたしが何度も殴られて、ちょっともうこれ以上思い出したくない・・・
今でもトラウマになっている、まったく父を許せないような状況になりました。
父親がそばに来るだけで吐き気を催すくらい、限界になりつつ
祖母の介護をしていたんですね。

だけどそんな気持ちは誰にも未だにこれ以上のことは、話していません。
感情をリリースできる場がなく一人で悩みを抱え込んでいました。

「死ぬ瞬間」という本をご存知ですか?
エリザベス・キューブラーロスという方の本ですが読んだことある方も多いのでは。
彼女の本から「死にゆく人の心理過程」(終末期患者の死の受容のプロセス)
これがあたしには参考になりました。

~ エリザベス・キューブラーロス「死の受容のプロセス」 ~

①否認:自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階

②怒り:なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階。
(これまでの人生のすべてを自分でコントロールしてきた人が、そのコントロールをあきらめざるをえなくなったとき、激しい怒りが出現することがある)

③取引:なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階。何か(神など)にすがろうという心理状態。

④抑うつ:なにもできなくなる段階
★反応的抑うつ⇒過去に対する悔恨
・物事の悪い面ばかりにとらわれてマイナス思考に陥る。
★準備的抑うつ⇒未来に対する不安(自分の死を受容するための抑うつ)

⑤受容:最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階。
ある程度の期待は残しつつも、最期の時が近づくのを静観するような心理状態。
感情はほとんど消失しているが、生の放棄ということでもない。
これを幸福な段階と誤認してはならない。
この段階においては患者自身よりもその家族に、多くの助けと理解と支えが必要になる。


先程の「私を殺してくれ」と祖母が言ったとき、
祖母はキューブラーロスの「②怒り」にあたったのでしょう。

今こうしてみてみると祖母は本当にこの五段階の状態のままにきてたんだと思いますし、
あたし自身もわかっていました。。。(でも怖くて逃げていた)
これらはいわゆる「防衛機制」にあたるのですが、これこそが先日も書いた「潜在意識」なのです。



また「ロジャースの3原則」は以下。
1950-60年代に「クライアント中心療法(client-centered therapy)」というのがカール・ロジャースにより確立されました。
これはカウンセリングの基礎とでもいえます。


①受容
患者に対して真剣な関心をもつこと。 決して、無関心、冷淡、攻撃的であってはならない。 その上で患者の悩みや苦痛を受けとめること。

②共感
自分自身を患者の立場において、患者の感情、願望、思考、行動を自らのものとして心の中に描き出すこと。共感しているということを患者に返すことが必要。

③自己一致
治療者の言葉と態度を一致させること。言葉と態度の不一致は相手にストレスをかけることになる。

ちなみにロジャースは以下のもとにカウンセリングを行っておりました。
①成長仮説:個人の成長、健康および適応へと向かう力
②知的な面より場の感情的な面
③個人の過去よりもいまここでの状況
④成長経験としての治療関係



昨年11月祖母についてのヴィジョンを垣間見ました。
それは祖母がインフルエンザのワクチンを打った日でもあります。
自分の中ではヴィジョンの恐怖の中にありながら戦々恐々としていました。
しかし当時色々あって、あたしの精神状態がかなり疲れてしまっていました。
仕事もお休みを余儀なくされるほどの状態になってしまい
あたしが介護は無理な状態になり、祖母も父親一人ではもう限界な状態で、
あたしと父親二人でようやくトイレに連れて行くような状態が続いていたので
それを父親が一人でやるとなると。。。それはもうサバイバルもいいところでした。

あたしの精神状態が少しだけ落ち着いたとき、父親のことを客観的に感じ、
祖母をトイレに一人で連れて行く限界状態の父親を見て、その限界の感覚がもういたたまれなくなったのです。

あんなに憎んで許せなかった父親。
あたしは祖母を守るという使命感があったので
施設に入れる話を父親がするたびに猛反対していました。

あたしは父親になんとなくつぶやきました。
「おばぁちゃん、来年くらいには施設見つけていくことしようか」
意外なことに父親は逆に反対してきました。
「確かにもう限界だ。来年少しずつ見つける形にしよう。
今は施設に入れても色々あるようだし、おふくろもかわいそうだ」

あたしは父親の本音を知れて少しうれしかった。
そして父親はこれまで働いてきたのだし、もう少し羽を伸ばしてほしいとも思い始めていた。

このときすでにヴィジョンから始まっていたのだろうと今でなら思う。

祖母を「手放し」しないといけない時期がきたのかもしれないとなんとなく思った。

そんな時自宅にお見舞い代わりに友達が遊びに来てくれた。
色々話して、しかし見たヴィジョンと同じことをいっていくので、ああ、やっぱそうだったのだとシンクロに驚愕した。

「れいあちゃんはもう頑張ったよ。おばぁちゃんも孫を辛い目にあわせたくないって思ってるし
孫に面倒見てもらってうれしいと思ってるよ。
だからどこか施設に入れることも考えたらどうかな。
れいあちゃん、自分では気づいていないけど、限界とっくに超えてるんだよ。
みんな、れいあちゃんに、幸せになってほしいって思ってるんだよ。
おばぁちゃん一人だけじゃなくて、もっと広い目で見ることも大切だよ」

あたしは友達にも誰にも話していなかったけど
ああ、やはり、きてしまうのか、そう思った。

12月になりあたしは仕事に復帰できるようになった。
・・・しかし。。。
仕事の前日祖母は「明日病院に連れて行って、入院できればしてほしい」
そう訪問診療の先生に言われていた。
明日って。。。あたし仕事。。。
あたしが仕事に行く前、祖母が車に乗るのを手伝い、
母親と父親に任せ、祖母は大学病院へと行った。

あたしは仕事中少し気になりつつも信じていた。信じたかった。
「大丈夫」と言い聞かせた。。。が。。。
仕事帰りの電車で入院になったと知らされた。
あたしは祖母のところに急いで向かった。

見たところ祖母は普通どおりだった。
しかし、処置はしてよくなっているというもの、
祖母のオーラが日に日に薄くなっていく。

あたしはホメオパシーにオーラソーマ、エッセンス、アロマ、ハーブティを使い分けた。

一時的によくなったが、今度は熱が出てしまい、肺に水がたまり始める。
昨年、あたしに年末年始など、いつも以上になかった。
年末でも病状から個室から一般病棟に移せないという状況だった。

年が明けてあたしは祖母の状況について病院から重要なことを告げられる。
「処置は終わりましたので」つまり病院から出すけど、というのが今は早くなっているので
「自宅で面倒は多分ムリに近いでしょう」と選択を迫られた。

父親に聞かれた。
そう、「手放し」をしないといけないのだ。
自宅に戻ったとしても肺に水がたまって抜けませんという状況、
そのほか状況的に要介護5は余裕で行くレベルにまでなってしまった現実をあたしたちは受け入れないといけなかった。
現実を受け入れ、そして、手放すべきものを手放す。。。

祖母を手放すのではない、祖母への執着を手放すだけだ。
それが一番なのだ。
あたしにとっても、父にとっても、そして看護を受ける意味で祖母にとっても・・・
みんながみんな、最善の方法があるとしたら
祖母がサナトリウムに入所すること、ということになっていった。

祖母を、手放してしまったんだ、あたし。。。
でもなんだろう、なんでできたんだろう。。。

もし何かあったにせよ、いつかは祖母とは別れなければいけない。
しかし愛は永遠だから、祖母の肉体は亡くなっても、祖母とはずっと繋がっていられるんだ。
あたしが思ったら祖母はいてくれるんだ。
だから怖くなんてないんだ。

怖くなんて。。。ないんだ。。。


一方父親はサナトリウムの面接を受けに行ったりした。

祖母のところに通うけど、祖母はとうとうあたしのことすらわからなくなってしまった。

あたしは祖父が認知症であたしをわからなくなたっとき
祖父がなくなったときよりもショックを受けた。

しかし、あたしは祖母にこういっていた。

「あたしにとって、おばぁちゃんはおばぁちゃんだからね。
たとえおばぁちゃんがあたしを忘れてしまっても」

祖母へアロママッサージを毎日していた。オーラのトリートメントも。
しかし2月に入り、祖母にある種のニオイがして気になった。
しかし看護婦さんは「食べられるようになったのよ」と喜んでいた。

あたしはすぐに体調を崩して見舞いに行けなくなった。
とにかく微熱が下がらなかった。
祖母にうつすといけないと、あたしは父に行ってもらうことにしていた。

あたしがようやく調子を取り戻したとき祖母はおかしかった。
そんな中でも祖母はあたしをしっかりと見た。
それが祖母との最期だった。

翌日両親はそんな中だったが車で旅行に出かけた。
祖母の病院には車でないと通えない。
そして家に電話があった。
祖母がインフルエンザでなくなりそうだと。
あたしは両親に連絡し、祖母のところにタクシーで急いだ。

ついたときはまだ暖かかったが、延命処置はしないでくれと父親が頼んでいたため
祖母の顔には布がかぶさった状態になっていた。

あたしは泣かなかった。
祖母の手を握った。
まだ暖かかった。

おばぁちゃん、大好きだよ、おばぁちゃん、ありがとう、
何度も何度もそう話しかけたんだ。

看護婦さんが部屋からいなくなった時、おばぁちゃんの亡骸を抱きしめた。
おばぁちゃんにレイキヒーリングをし、アロマを塗った。
あたしは最期の死に化粧をし、両親はそこで病院に来た。

完全に看取ったわけではなかったけど
おばぁちゃんを感じていた。
心の中に、しっかりと存在しているかのような。。。

色々とこの先も話があるのだけど
こんなかんじだった。



たとえば今「その時が来たらどうする」と話すことはもちろん大切だと思います。
しかし「いいよ、延命しなくて」と今はいっていたとしても
実際に、たとえば脳梗塞で麻痺になって思うように話せないとか、
認知症でコミュニケーションがとりにくくなったなど含めて
いざとなっても、本人はうまくどうしてほしいのかを伝えられずに
たとえばあたしみたいに介護で追われてしまうケースもあるかと思います。
そういう状態になり急に生きたいと思うことも多いと思います。

母方の祖父がそうでした。
祖父は生きたがっていたけれども、家族により輸血をストップさせられて亡くなりました。

あたしは疑問に思いました。
祖父の意志があり、あたしに、みんなに生きたい、仕事したいと話していたけど
家族の反応は
「何かあって介護状態になったら面倒見たくない」というかんじだったのです。
それは確かに本音かもしれません。
でもあたしは人道的に、なんか納得いかなかったですね。
それでいて葬儀のとき大泣きしていた姿はウソ泣きのようにすら思えてしまいました。

母方祖父が生きたいといっていて、それをとめたのに、
医師にも回復の見込みも半々あるといわれ、輸血をストップしたのに
何故か一番親戚のおじさん(母の弟)泣いていました。

もちろん家族の事情など人それぞれです。

ただいえるのは、看取る側も看取られるほうも
後悔をしないためにできることは
言葉だけでない言語レベルではないコミュニケーションもしっかりすることだと感じました。


特に高齢になってくると、もしくは終末期になると
クラウンチャクラって勝手に開いてしまってグラウンディングしにくいんです。

うちの祖母みたいに車椅子で、大地に足をつけることがなかったり
寝たきりになったらなおさらグラウンディングはムツカシイ。

一方でクラウンチャクラはしっかり開ききってしまうので
あたしは祖母にエッセンスからオーラソーマを中心としたオーラのケアに変えていきました。

そんなふうに同じ病気や怪我でもその時の症状、状態、環境によってケアが違ってきます。
お話できるときはちゃんと、お話をしておきましょう。

言葉に表せない部分もくみとるコミュニケーション、忘れずにね。


死ぬ瞬間 死とその過程について / エリザベス・キューブラー・ロス


人生は廻る輪のように/エリザベス・キューブラー・ロス/上野圭一


ライフ・レッスン/エリザベス・キューブラー・ロス/デーヴィッド・ケスラー/上野圭一
れいあ
Author: れいあ
キネシオロジスト
アロマアドバイザー(AEAJ)
フェイシャルリフレクソロジスト
メディカルハーブインストラクター

アロマ&ハーブ歴2000年より
フラワーエッセンス歴2003年より
ホメオパシー歴2008年より

(要介護2~5認知症祖母の介護歴7年)



【フラワーエッセンス系】
BIEP(バッチフラワー国際プログラム)Lv2
FESエッセンス中級(故・河村三十世女史)
コルテPHIフラワーエッセンス・プラクティショナー(アンドレアス・コルテ氏)
アラスカンエッセンス ベーシック/アドバンスコース修了(故・スティーブ・ジョンソン氏)
ヒマラヤンフラワーエンハンサーズ ベーシック/アドバンスコース修了(タンマヤ氏)
ブッシュフラワーエッセンス Lv.1-2修了(イアン・ホワイト氏)
パシフィックエッセンス ベーシック及びアドバンスコース修了(サヴィーナ・ペティット女史)
インディゴエッセンス ベーシック/アドバンスコース修了(アン・キャラハン女史)
アンジェリックエッセンス ベーシック/アドバンスコース修了(ルース・ジョイ女史)
フィンドホーンエッセンス ベーシックコース修了(マリオン・リー女史)
パワーオブフラワーエッセンス ベーシックコース修了(イシャ・ラーナー女史)

【手技系】
ホットストーン・マッサージ(ハンド/肩・頭皮)受講(グリーンフラスコ)
インディアンヘッドマッサージ(表参道生活の木)受講
英国式リフレクソロジー(RAJA)受講
ドイツ式フットリフレクソロジー受講(ハンネ・マルクワット氏)
アロマプレッシャー フランス式リンパドレナージュ(ダニエルマードン氏)受講
フェイシャルリフレクソロジー(ロネ・ソレンセン女史)受講
ベトナム医道ディエンチャン顔反射療法(ブイ・クォック・チャウ氏)受講
ノーブル・アロマ・ハンドトリートメント(武川”Mischa”郁子女史)修了

【ボディワーク系】
エッセンスオブクラニオセイクラルLv.1-2(小笠原和葉女史)

【アロマセラピー系】
アロマセラピーの東洋医学的アプローチ受講(ガブリエル・モージェイ氏)
精油の安全性ガイド 受講(ロバートティスランド氏)

(以下武川”Mischa”郁子 女史)
エナジーワーク・アロマセラピー修了
サトルボディアロマ講座 修了
アロマアルケミー ベーシック修了

魔女のエネルギー療法講座(StudioAphesis 井田 知秋氏)
生体防御・炎症・疼痛と植物療法 受講(グリーンフラスコ 林真一郎氏)

【キネシオロジー】
(以下 斎藤慶太氏)
1からはじめるキネシオロジー 基礎/上級 受講
ホールブレインキネシオロジー 受講
オルタナティブメディスンキネシオロジー 受講
微細筋肉反射テストIN Depth 受講
「奇跡発動WS」2013年/2018年 受講

【西洋占星術】
アストロキネシオロジー ベーシック/アドバンス 受講(齋藤慶太氏)
西洋占星術講座 基礎/上級 受講(齋藤慶太氏)

【タロット】
ハーバルタロット(安珠さん)

【カウンセリング系】
傾聴とコミュニケーション 修了(武川”Mischa”郁子 女史)
価値観探求セミナー修了(武川”Mischa”郁子 女史)
潜在意識カウンセリング 基礎/上級 受講(齋藤慶太氏)

【スピリチュアル/エネルギーワーク系】
(以下ホリスティックヒーリングスクールArcadia  武川”Mischa”郁子 女史)
チャクラ・エンライトメントワークショップ 全チャクラ講座修了
ドラゴンフェニックスエンライトメント修了
女神性覚醒プログラム Lv1-3修了
ドラゴンフィード施術者講習修了
シャーマンアプレンティス修了
臼井式西洋レイキ伝授 Lv1-3 修了
アルケミカルエリクサー 錬金術基礎講習 修了
アカシックレコードリーディング(如月マヤ女史)

【サウンドヒーリング系】
クリスタルボウル ベーシックコース修了(武川”Mischa”郁子 女史)
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