In Loving Light & Universe, Heal the World

「生かされる」こと 「生きる」こと

2011年08月15日
れいあ流生き方
今日は終戦記念日だから、というわけじゃないけど
生かされるということ、生きることについて
れいあの視点で書いていきたいと思います。



黒澤明監督の映画に「生きる」という作品がある。


主人公は単調な日々を過ごしていたが、ある日癌で余命いくばくかがわかった。
彼は息子がいるが息子が小さい時奥さんを亡くし、その後も一人で息子を育て、
ずっと休まず仕事も続けてきた勤勉な人だった。
そのガンの告知を受けた日に息子夫婦の声が聞こえてきた。
それは父親の退職金や恩給を抵当に金を借りて家を建て、父とは別居をしようという内容だった。
Wのショックに陥った彼は飲み歩き貯金を使い果たしてしまう。
そんなとき同じ職場の女性に街で出くわすのだけど辞職届を出すのだという。
そんな彼女は自由奔放な女性だった。
その彼女に「なにか作ってみたら?」といわれ、彼は再び情熱を取り戻す。
仕事は役所だったのだけど公園を作ったりした。
彼は迫り来る死にも、上司などの圧力にも怯えなくなっていた。
上記の映画のジャケットはそんな彼が作った公園のブランコに乗って歌うワンシーン。
雪の中ブランコに乗り歌い続ける。
そしてその翌朝彼は雪の中亡くなった。



これはスピリチュアル的にいえば、まさに

「いま、ここ に 生きる」

というわけだろうか。



さきほど祖母が疲れ果てて帰ってきた。
夏、猛暑ということもあって、あたしでさえきついのに、祖母なんてなおさらのことだろう。
車椅子に同じ姿勢で30分もいられないし、トイレで立ち上がることすらままならないのだ。

父親はそんな祖母を見ていらつき、乱暴に扱うことは前書いたけど
祖母は言葉をしゃべりたくても言葉があまり出てこないのだ。
何か思ってもそれを表現できない。
つまり祖母を理解するには
「言葉を聴く」「話す」以上のコミュニケーションが必要になってくるのだ。

トイレにいかせようとしても祖母は立っていられず半分以上のけぞって後ろに倒れそうになることも多い。
祖母が頭をいつうってもおかしくない緊張した状況の中、蒸し暑さの中で介護をしている。
祖母の体重を支えようとするあたしにも腰痛とかあちこちに負担がかかるのはいうまでもない。
そして暑い中なので仕方ないのだけど祖母はぼーっとして目の焦点が合わないことも多い。

「おばーちゃん!ちゃんと立てるんでしょ?お願いだから危ないから今はちゃんとしててっ!
そうじゃないとあたしも本当に倒れちゃうよ。。。」

毎回のトイレがそんなこんななのだけど、しかしそんな言葉など祖母には通じない。

「あたし、おばーちゃんがわからなくってもしゃべりかけ続けるよ?」

そういい、あたしはオムツ交換しながら祖母に話を続けた。

「おばーちゃんの気持ち、わかってるつもりだし、あたし、わかりたいって思ってるんだよ・・・?
暑いし体だって、つらいんでしょ?
あたしがだるいくらいだから、おばーちゃんなんてもっともっとつらいんだってわかってるよ。
立ったり座ったり、それだけでもやっとだってね。

体がつらくて、でも、食事とか、トイレですらつらいってこともわかってる。
寝たきりでオムツかえたらラクだけど、
本当にもっと体力がどんどん衰えちゃうし、そんなふうにさせたくないの。
暑い中、おばーちゃんも立ったり座ったり大変だよね。
でも、もうちょっと、がんばろうね。おばーちゃんにはできるよ!

おばーちゃんは、あたしに面倒みさせてるのが、申し訳なくて辛いって思ってることだってわかってるんだよ?
でもね、おばーちゃんが「だから自分なんてどうでもいいや、生きたくない」って気持ちになっちゃうとね
あたし、すごい、悲しいの、わかる?

あたし、おばーちゃん大好きだって、それだけなんだよ。
だから介護してるんだよ?
だから申し訳ないとか思わないでほしいの。

心がすごい硬くなってるから、心をほぐせば体もやわらかくなるよ。」

祖母は年々つらくなっていき、思うように動かない自分の身体と
それを面倒をみているあたしに、認知症になる前もいつもあたしが世話をすると
「あんたには本当に迷惑かけてばかりでごめん」といったり
いまでもたまに「すみません」とかいうの。

こんな状態になってまで何故生きてるのだろう、って祖母は思っていて
それがまた辛くて仕方なくて自分の世界に入り込むほどに
そんな状況から現実逃避したくて認知度は進行していってるし、
自分が正常な状態になると絶望し、心を硬くしてしまう循環の中にいる。

だけど。。。なぜ生きてるのかって?

生かされてるんですよ、あたしたちは。

じゃ。。誰に生かされているの?

確かにそれは神様かもしれない。
でも人は支え合って、生きているし、
生かされて、いる。

人は一人では生きていけない。
生まれて、すぐ母親など、誰かに面倒みてもらいながら、小さいころは生きてきたし
成長するにつれて周囲に支えられて生きているということに気づいたり実感したりする。

あたしだってもちろん、両親に今でも支えてもらっているし、
それは経済的にいたるまで支えてもらっているわけなので
いつも文句とかいうけど、時々そういうことを思って自分を見つめなおす。

ああ、自分わがままになってるなって思う時も勿論少なくない。
感情が噴出してわがままになっちゃってるとき
それを抑えられないとき、それを見てる自分はどうそれを見つめているか。

人は一人では生きていけない。
たとえそこに嫌な感情があるとしても、
誰かに傷つけられても、憎しみあっても、
どんなネガティブな感情があっても、
それはおそらく、その中から何かを学べっていうことなのだと思う。

そりゃ、あたしだって、
そんなものわかりのいい人間なんかじゃないけどねw

でも、人はそうやって、支え合って生きてる。

*

冒頭で今日終戦記念日だと書いたように
右より思想か左よりか・・・
人には思想があるので様々な感じ方、思考があるだろうと思う。
しかし感情論になりがちなことでもある。

ここ数年注目の特定アジアの極東の国々では
「被害者」とか殺害された方々の数の多さを競い合うようにしていて
正直いって非常に心地よくない。

どちらの死傷者、被害者が多いか、どちらが少ないか
論点はそんな数だけの問題になっているような気がする。

そこに政治的な意図や思想はあっても本質なんてなにひとつない。

本質はそれこそ人の命の重さだ。
それはどこにいったんだ?
あいつは右よりの思想だ、左よりだ、とか
そういうことばかり集中してみていると
物事の本質を本当に見失う日も近いだろう。

「命の教育」と「上」はいう。
でもそんな「上」の教育方針などは、
その時々の政府によってすぐに手のひらを変えられてしまう。
それはあきらかにおかしいだろと子供のいないあたしですら思う。

昨日久々に会った友達のところで昨年自衛隊のレスキュー隊の方と知り合った。
「彼、いまどうしてるの?」ときいたら
先日の震災の時、出動したのだけど
国からの命令がなかなか降りない状態ばかりだったらしく
命令がなければ動けない状態にすごいやきもきしていた自衛隊の方が多かったらしい。
助けたいのに命令が降りないので助けられない状況だったそうだ。
一方、アメリカ軍の方たちは
「私たちはこちらでこういうことをこういうふうにやっていきます」
といってテキパキと動き、そして帰っていったそうだった。
そこに彼は日米の違いを見ただろうなと感じた。

かつて自衛隊の問題だとか核問題について、防衛費問題などあったけど
どこまでが国防といえるのか、など含め
本当に様々な観点から、感情的にならずに考えるべきときが来ているのだと思う。

そこで今だけの日本の政治を問うわけではない。
戦後のGHQの元にあったアメリカナイズされ続けた、そして自民党の癒着、利権政治。
一方現在は特定アジア寄りの路線を歩み続ける民主。
その民主という言葉には日本国民という意味の「民」をまったくかんじさせない政治になっている。

これらを牛耳っていたメディアや広告代理店のことについてはことさら深刻だ。
原発事故と東京電力、そしてスポンサーとテレビ局、広告代理店という形で
あたしたちは洗脳され続けてきたわけだから。
しかしもちろんネットにはネット的な思想があり、
どれが一番いいとか悪いとかではもちろんない。

ただひとついえることは
日本がこれまでアメリカに、中国や他の隣の国から脅され続けたような外交路線ばかりをとっていて
自給自足率にしても、円高になり、放射能の影響があり、
海外への輸出に頼っていたものが辛い状況になってきた。

そんなところからも他人の顔色を見るような外交をしてきたのかというのがわかる。
つまりそこには一見日本の政治のようであって
「日本」としての政治をみることはこれまでできたことなど一度もなかったということだ。

日本人もいつのまにかそうなってしまったのだろう。
メディアやネットなど他の情報を全て鵜呑みにしてしまうことは怖いけど
何が怖いってそこに自分がないことが、何よりもそれは今の日本の政治そのもののようで怖い。
つまり政治を批判しつつも、いい意味でも悪い意味でも
やはり政治は国民の資質を示すものであり、問いただすものなのだろうと思う。



日本が戦争に負けたからこうなってしまった。。。
日本軍がこれだけの犠牲者を出した・・・

過去は取り返せません。
そして、被害を受けた、または犠牲者の数の多い、少ないということと
一人ひとりの命の重さは変わりません。

そしてそれらの犠牲者の数やどれだけのことをされたのか、
ということばかりにとらわれ続けると
物事の本質からどんどん離れていってしまいます。

どうか、原点に返ってください。

人間という本質の原点に、戻ってください。

生きることの意味、もっと考えてみてください。
生かされていることの意味、思い出してください。
あたしたちは、本来、人間はお互い支えあっていく存在なんです。

なぜ一人で生きていけないんでしょうか?
人との関係性は、心地いい関係だけではありません。
むしろ普段心地いい関係ほど、ネガティブな感情がでやすかったりします。
でもそういうストレス環境にこそ学ぶことがあります。



あたしたちは生かされています。

あたしたちは、生きています。


昨日はみずがめ座の満月でした。
ちょうど、お盆の最中ですね。
そして、みずがめ座の新月は2月3日で「節」の変わり目、でもありました。
震災前でもあります。

この半年で状況が一転した方も少なくないでしょう。
それまで「退屈な日々」なんて思っていたり
「何かかわらなきゃ」といいつつ変わらなかった人たちは
大きな変化が起きた方も少なくないでしょう。

みずがめ座の守護星は天王星。
天王星は革命・変革・などを意味します。
そんな天王星も長い周期を終え、新しいスタートを迎えるという日が3月12日でした。
その一日前が東日本大震災の日でした。
一人ひとりが「意識を持って」変わらなくてはいけない、という
厳しいメッセージだったのかもしれません。

犠牲になった方々の命は尊く、
被災された方々も失われた日々を思い出すことすらできない、
先にすすめずに呆然とする方々も多いかと思います。

それでも、あたしたちは生かされて、います。
互いに支え合い、共に、日々を、生きています。

それを意識すると相手に対する「感謝」の気持ちが
必然的にあふれ出てくることでしょう。

生かされていること、そこに気づき
それが、自分の中の「愛」や
「自分の中の永遠」と
ふわっとリンクしたとき

人は、心が軽くなり、
そして、熱くなる存在なのだ、と、
あたしはそんなふうに思うのです。
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